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現在位置: コラム茶馬古道の旅

ラウ湖をめざして

 

 

チベット自治区に入ると、地理的環境や文化的風景が明らかにこれまでとは違った。高原の秋の気配はいっそう濃厚になり、野も山もすっかり黄金色のカエデに覆われている。雪山のふもとにはチベット式建築の村落が点在し、そんな秋の景色と相まって連綿と続く雪山を着飾っている。まるで絵の中にいるかのようである。

 

突然の火事

 

ジャダ村を後にして、たどりついた上ツァカロ村の入り口で目に飛び込んできたのは、モクモクと立ち上る黒い煙と、取り乱した村民たちがあっちへこっちへと走り回っている光景だった。「見ろ!民家が火事だ!」というドライバーの声に目を向けると、二階建てのチベット式家屋が燃えているのが遠くに見えた。風に煽られ、炎の勢いは激しさを増してゆく。目の前の状況にただただ驚くばかりである。「速く火事を消すんだ!」と誰かが叫んだ。車から飛び降り、消火活動を手伝いにゆく。

 

道には男たちが炎の中からなんとか持ち出したものが乱雑に散らばり、村人に支えられた女主人が、道端で泣いている。水源は火事の家からひどく離れていたため、人々は長い列になって、次から次へと水いっぱいのバケツを火事場へとリレーしてゆく。しかし、バケツで運ぶ水くらいでは、すさまじい火の勢いを抑えることはとてもできない。風がどんどん強くなり、火は今にもほかの家にも燃え移りそうであった。そんなとき、森林保護と火事防止担当の村人が消防器材を携えて現場に駆けつけた。速やかに電動ポンプを据え付け、人々の協力の下、鎮火することができた。早めの消火活動のおかげで、村は守られた。静かになりつつある村を眺めながら、誰もがほっと胸をなでおろした。

 

5号車が溝に脱輪

 

 

茶馬古道の旅は、困難とスリルに満ちている。翌日、朝食を済ませ、旅を続ける。マルカム(芒康)を経由してゾゴン(左貢)、さらにラウ(然烏)湖に向かう。途中写真撮影のため、私たちの乗る4号車と5号車はたびたび停車し、車列から遅れる。写真を撮り終えると再びスピードを上げ、ほかの車両を追った。急カーブを曲がると、前を走っているはずの5号車の姿がない。不思議に思っていると、ドライバーの楊さんが右前方を指差し、「見ろ!5号車が脱輪している!」と言う。溝にへばりついているような5号車が見えた。思わず冷や汗が出た。慌しく車を停め、助けに向かう。谷底に駆けつけると、車内の人がとり乱した様子で車の外にはい出してくるところであった。すぐに負傷者を助け起こし、状況を尋ねる。ほとんどの人にはたいした怪我はなかったが、同行の医者の王先生の負傷は深刻であった。急いで王隊長にトランシーバーで事故のことを伝える。しばらくすると、数人の隊員と共に隊長が戻ってきた。現場の情況を一通り調べると、王隊長は言った。

 

「王先生、この先のゾゴンまで行って病院を探すしかありません。それまで我慢できますか」

 

「大丈夫です」と王先生は力ない声で答えた。

 

負傷者を落ち着かせると、みんなで力をあわせて、車を引き上げる。幸い、車に深刻な損傷はなかった。しかし、途中で問題が起こっては困るので、とりあえず5号車に乗っていた人をほかの車両に振り分け、引き続き道を急いだ。

 

まもなく日が暮れようというころ、標高5090メートルのドゥンダ・ラ(東達拉)雪山の峠にさしかかった。今回の旅ではじめての標高5000メートル級の峠である。酸素不足で、身体の具合が悪くなる。先ほどの事故のせいもあり、誰もがいくらか取り乱した気持ちのまま、雪山の峠の景色を楽しむ気分にもなれず、一刻も早くゾゴンに着くようひたすら願った。

 

 

ゾゴンに到着したときには、夜になっていた。県の病院でレントゲンを撮ってもらった王先生は、あばら骨に軽い骨折があることがわかった。医者は医療用ベルトで腰まわりを固定し、さらに内服薬を処方してくれた。集まっていた場所に戻り、緊急に王先生の進退を話し合った。安全のために王先生を雲南に送り返すべきと言う人もいれば、雲南に戻るにも同じように10日間以上はかかるので、むしろこのまま進んで、ニンティ(林芝)やラサで治療を受けたほうがいいと主張する人もいた。意見はまとまらず、みんな途方にくれていると、王先生本人が口を開いた。「私は医者です。自分の怪我のことはよくわかっています。みなさんのお心づかいには感謝いたします。けれど、高原に入ってからは、このチームにはこれまで以上に医者が必要になります。私にはみなさんの健康や命を守る責任があります」と、王先生はあくまでもみんなと一緒に進むことを主張した。王先生を世話をする人を手配し、そのまま進むことになった。

 

3日目、バショ(八宿)県で昼食をとったのち、疲れきったドライバーと運転を代わり、ラウ湖を目指して走り続けた。標高4600メートルを超える地区を走っていると、視野は広いものの、頭はぼうっとしている。太陽の光に輝く遠くの雪山がまぶしい。静かな車内は、ぐっすりと眠り込んでいるメンバーのいびきの音が聞こえるだけである。ハンドルを握って路面をじっと見つめているうちに、ふと息子のかわいらしい笑顔が頭の中にちらついた。「なんだ!ホームシックにかかってしまったのか」と心の中でつぶやいた。晴れ渡っていた青空から、いきなり大雪が降り出した。ぼたん雪がふわふわと舞い落ちてきて、やがて高原は見渡す限り真っ白に覆われた。

 

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