古鎮とブドウとサーキット 嘉定
高原=文・イラスト 馮進=写真
嘉定区は上海の西北の端に位置し、江蘇省の太倉市と境を接している。先に紹介した松江と同様、時間を数百年ばかり逆回転させたなら、ここは上海よりにぎやかで、高い名声を持つ街だったのだ。ここには古猗園と秋霞圃があり、嘉定は上海5大庭園のうち2席を占めていることになる。さらに、ここが発祥の南翔小籠饅頭(いわゆる小籠包)は、今では知らない人のない、代表的上海小吃となっている。
華やかだった昔は遠い過去となったが、都市は今もしっかりした足取りで前進を続けている。昨年末地下鉄11号線が嘉定まで開通、今年になって延伸し、より多くの人に現在の嘉定の姿を知るチャンスを与えている。
上海の「モータウン」
嘉定地区では自動車工業が急速に発展している。過去10年の間に続々と自動車関連企業がここに進出し、自動車部品、電子情報技術を中心とした自動車工業基地を形成している。すでに上汽通用(上海ゼネラルモーターズ、SGM)、上海大衆(上海フォルクスワーゲン)などの有名企業がここに拠点を有し、最近では、吉利沃爾沃(ボルボカーズ)も進出合意書にサインした。嘉定の自動車工業区は、すでに集合効果を発揮していると言える。
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1959年製、中国国産第一号の高級乗用車・紅旗 |
F1などのほかチャリティー・レースなども行われている上海インターナショナルサーキット |
しかし、一般の人にとって自動車工業区は、例えどれだけ規模が大きかろうと、みな驚嘆の声を上げるだけで、特に見て歩きたいと思う場所ではないはずだ。見渡す限りの工業区に、線を引いたように直線的な大通りと工場群、いったい何か見るべきものがあるだろうか?しかし、この固定観念は嘉定には当てはまらない。嘉定の自動車工業区には、二つの非常に魅力的なスポットがあるのだ。一つは上海インターナショナルサーキット、もう一つは自動車博物館だ。
上海インターナショナルサーキットは、アジア全体で見てもハード的に最高水準にある。毎年F1中国グランプリが行われるほか、フォーミュラ・ルノー、アジアGTシリーズ、スターによるチャリティー・レースなど多くのレース・イベントが開催されている。またこのF1サーキットはデザインが独特で、コースが漢字の「上」の字の形になっている。これは、上海の「上」であり、「乗勢而上」(勢いに乗って勇敢に向かっていく)の意味が込められている。
ただ、ここの使用料はお安くはない。一周するだけでも750元(約1万円)かかるのだ。そして一周走ったら、表彰台で記念撮影することもできる。このとき、表彰台のどの位置に立つかはあなたが決められる。
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古き良き時代の面影を残す嘉定旧市街 |
F1サーキットのすぐ近くに、アジア最大の総合的自動車博物館がある。ここでは、自動車の「進化史」が見られる。世界で最初の自動車、最初の流れ作業による生産車、中国初の国産乗用車・紅旗。ほかにも数十台の世界各国の自動車や、各年代のクラシックカーなどが展示されている。世界に一台だけという珍しいものや、1億ドル以上の値が付くものもある。いずれも、自動車博物館がカーマニアたちから買い集めたもので、ほかにも世界の大手自動車メーカーが展覧のために貸し出しているものもあり、ほかではめったに見ることができない。例えば、わたしが最も興味を引かれたのがキャデラック62シリーズ。全長5.7メートル、幅2メートル強、車重2トン。駐車場丸々ひとつ分のスペースがあってようやく曲がることができるほどの大きさで、実に壮観だった。
新しいブドウの里
9月に上海を訪れると、二人の友だちが相次いでブドウを持って来てくれた。なんでも、上海の名産なのだとか。これにはわたしもとまどった。ブドウと言えば中国ではまず新疆である。ブドウは高温で乾燥した土地で育つもので、湿潤な上海がいつブドウの里になったというのだろう。
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馬陸のブドウ園では観光客がブドウ狩りを楽しむこともできる |
詳しく尋ねて分かったのだが、上海ブドウ研究所の尽力で、嘉定区の馬陸鎮に馬陸ブドウ園が造られたのだ。ここでは、大きなブドウ棚を設け、全部で120種類近い品種を栽培、そのうち50種類を上海市内で販売しているという。巨峰や巨玫瑰(大連で開発された新種で、バラのような香りが特徴)などの大衆的品種があり、観光客にブドウ狩りが開放されている。ブドウ園に入ると、ブドウ棚に一房一房紙に 包まれたブドウが目に入るのみ。まるで、中国の灯籠が棚いっぱいにつるされているようだ。スタッフの説明によると、これは病虫害からブドウを守るための措置だという。ここで栽培されるのは無公害の有機ブドウ。農薬を使用しないため、こうして虫から守っているのだ。そういうわけで眺めはよくないけれど、摘んだブドウはぷるぷるでそのまま食べることができる。ひとつつまんでみると、ほんとうに思いきり甘かった。聞くところによると、園内のレストランではブドウの餃子も食べられるとか。甘い甘い餃子、食べたらいったいどんな感じがするのだろうか。
ブドウ園を後にして車を走らせるとすぐに嘉定の旧市街に到着する。上海周辺のほかの古鎮と同様、橋や水路があり、とま舟もまた見られる。さらに、醤蹄膀(豚モモ肉の醤油煮)や小湯圓(白玉だんご)、さまざまな方糕(四角い米粉の蒸しケーキ)などの美食もそろっている。それにしても、上海近郊のどれもよく似た小さな水郷の古鎮は、一カ所ずつ回って歩いてもそれぞれに興味深く、飽きるということがない。
嘉定旧市街の中心は、まったく見栄えのしない小さな石のアーチ橋で、州橋という名を持つ。その橋のすぐ近くに、四面七重の楼閣式建築の法華塔が立っている。この塔に登ると、旧市街の景色が余すところなく一望できる。周囲に法華塔を上回る高さの建物がないのだ。この瞬間、突然脳裏に浮かんだのは、嘉定がヨーロッパの古い街に似ているという思いだった。一番の高さを中心にある教会の塔が――仏塔――担うという構造がそう思わせるのだ。しかし、この塔、この橋、この曲がりくねって流れる小川と江南の古民家には、はっきりと中国式の古典的あでやかさがあふれている。やはり、これこそ古鎮・嘉定なのだ。
人民中国インターネット版 2010年10月