馬王堆(下): 古代思想を知る手がかり帛画と帛書
丘桓興=文 魯忠民=写真
現世と神話の融合
馬王堆の一号墓と三号墓からは、十余の彩色帛画(絹に描かれた絵)が相次いで出土した。その絵の内容や用途はそれぞれ異なる。中でも一号墓の帛画が出土すると、国内外で大きな反響を呼び、もっとも貴重な世界的芸術品の一つに数えられるようになった。
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1号墓から出土した『T字形帛画』 | 『T字形帛画』を線描したもの |
一号墓の帛画は、長さ205センチ、上部の幅は92センチ、下部の幅は47.7センチのT字形をしている。その形や最上部に巻き込まれている竹竿から見て、これは葬礼の際に人が棺の前に掲げて歩いた「銘旗」(死者の官位や姓名を記した葬礼用の旗)で、埋葬する時には棺を覆い、それによって魂を昇天させる招魂旗であったに違いない。
帛画の保存状態は完全で、色彩は鮮やかであり、描かれた絵に込められた内容も豊かである。それは上から下に三つの段に分かれており、それぞれ天上、現世、地下の世界を象徴している。また、現世の森羅万象と神話の世界がいっしょになって、きわめて奇異で幻想的なロマンに満ちている。ここでは、絵に描かれた社会生活と神話伝説についてのみ、簡単に紹介しよう。
天上の部分は、右上の角に一輪の赤い太陽があり、太陽の中に一羽の、足が三本ある金色の烏がいる。下部には、曲がりくねった「扶桑の木」(東海の日の出るところにあるという神木)と八個の小さな太陽が描かれている。左上の角には、眉のような三日月があり、月の中にはひき蛙と白い兔がいる。これらは、当時の太陽と月に関する神話や伝説を表している。
太陽と月の間には、頭は人で体は蛇の、髪を振り乱した女神がいる。それは伝説上の始祖神の女媧に違いない。女媧のそばには、五羽の白い鶴が羽を広げたり、首を伸ばして鳴いたりしている。下部にはさらに二匹の龍が舞い、神獣が地を走り、吉祥雲が絡みついている。ここに描かれているのは、神話の天上の光景である。
二匹の龍の中間には、伝説上の神馬「飛黄」にまたがった二匹の怪獣が、それぞれ太い縄をつかんで、「鐸」という楽器を引っ張っている。「鐸」の下には、虎と豹が天上へ通じる天門を両側から守っている。長い袖のゆったりとした長衣を着た天門の門番である「閽」が、門柱のそばに対座し、拱手して、龍に乗って昇天しようとする女性を歓迎している。飛龍の翼に乗り、両手で弓張り月を持っているこの婦人こそ、まさに昇天した墓の主の軑侯夫人である。
帛画の中段は、現世の祭祀の様子が描かれている。天門の下の真中にある絹の花がさの上には、花びらと一対の鳳凰が描かれている。花がさの下で羽を広げて飛んでいる神鳥は、墓の主を導いて昇天させる伝説上の「飛廉」であろう。
画面の左右には、青龍と赤龍がいて、巨大な「玉璧」(中央に孔のある円板状の玉の礼器)を交互に貫いている。画面の中央には、一人の老婦人が杖をついて立っている。彼女は錦の長衣を着て、髪に長い簪を挿し、珠の飾り物をつけている。
彼女の前には二人の方士(神仙の術を行う人)が跪いて迎え、その後ろには一群の侍女たちが従っている。この女性の身分は高く、墓の主に違いない。とくに彼女は腰が少し曲がっているが、出土した女性の遺体を解剖した結果、腰椎の椎間板に疾病があり、これとぴったりと符合する。
巨大な「玉璧」の下には、祭祀の情景が描かれている。「玉璧」からは色とりどりの幔幕と玉磬(古代の打楽器)が吊り下げられている。幔幕の下には一面に耳杯(耳状の取っ手のある浅い器)や祭祀の品々を載せたお供えの台が並べられ、前面には供物を入れた鼎や壷が置かれている。供物台の両側には人々が拱手して立ち、祭祀の主はその前に立って、頭を上げて何かを祈っている……ここに描かれているのは、軑侯夫人の葬儀当日の様子に違いない。
祭祀の図の下にある平らな台は、現世と地下とを分ける境界線である。裸の巨人が、二匹の大魚の上に乗り、両手と頭で、大地を象徴する平らな台を支えている。
研究者によると、この巨人は伝説に出てくる「鯀」(夏の禹王の父)である。彼は治水に失敗し、天罰を受けて地下に行かされ、地の神、水の神となった。その力は絶大で、大魚の上に立って大地を支えている。こうして大魚が動き回り、人に危害を及ぼす地震や津波が起こることを防いでいるのだ。
帛画は豊かな想像力で、前漢時代(紀元前206~紀元25年)の社会生活や天上、冥界に関する神話の世界を巧みに一つの絵の中に融合させ、前漢の宇宙観や哲学思想を表現したのだった。
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3号墓出土の『導引図』(局部) |
『太一将行図』 3号墓出土。長さ43.5センチ、幅45センチ。これは「太一」などの神と関係がある巫術の図である |
構図の面から見ると、作者はT字形の幅の広い両翼で、広い天上の世界を現し、下の方は二つの平たい台で、天上と現世、地下を分け隔てた。同時に、巨大な龍や神亀を用いて上下三つの世界を関連付け、龍に乗って昇天するという作品の主題を突出させた。
画面の配置は左右対称だが、不ぞろいのところもあり、まばらなところもあれば、密集しているところもある。人物や鳥、獣は、動いていたり停止していたりさまざまで、画面は生き生きとし、リズム感に富んでいる。
描写の面では、作者は輪郭の線を画いてその中を塗る方法で、生き生きと各種の人物や鳥、獣、景色を描き出した。とくに墓の主の絵は線を用いて正確に軑侯夫人の顔立ちや、やや背中の曲がった体躯、広い袖の長衣の服装、華麗でたおやかな、地に裾をひく長いスカートを描き出している。
馬王堆三号墓の内棺からも、一幅のT字形の帛画が出土しているが、その形状や構図、内容はみな一号墓の帛画とよく似ている。そのほか、三号墓椁室の東西の壁にも二幅の帛画が懸けられていた。一幅は『凱旋帰来図』(『車馬儀仗図』ともいう)で、墓の主である長沙国の少将軍が南越国を撃破し、勝利して帰還した盛大な情景を表している。もう一幅は、墓の主が狩をしたり遊んだりしている情景を描いている。これらの絵画は、史上もっとも古い、写実的な絵巻物であると専門家は見ている。