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法廷サスペンスに新機軸『全民目撃』

文・写真=井上俊彦

 ここ数年、興行収入急上昇の勢いは止まらず、ますます多くの作品が公開され、さまざまな話題が生まれている中国映画です。そこで、このコラムでは地元・北京の人々とともに映画館で作品を鑑賞し、新作や映画界の話題を紹介していきます。同時に、そこで見聞きしたものを通して、北京の人々の生活も感じ取っていければという姿勢で映画館通いをしていきますので、お付き合いいただければ幸いです。

ポスター

社会問題をさりげなく盛り込む

スキャンダラスな事件の裁判のためにマスコミが集まる裁判所前に3人の人物がやってきます。被告・林萌萌(デン・ジャージャー)の父親で富豪の林泰(スン・ホンレイ)、検事の童涛(アーロン・クオック)、そして弁護士の周莉(ユー・ナン)です。林萌萌は駐車場で父の愛人をひき殺した罪に問われていますが、目撃者がほとんどいない中、証言に立った通報者の孫偉(ジャオ・リーシン)は林泰に長年雇われてきた運転手です。彼の証言は林萌萌に不利なものでしたが、周莉は意外な証拠を持ち出し証人を追及します。追いつめられた孫偉が口にしたのは法廷の誰もが想像もしなかった事実でした……。

法廷ドラマですが、問題を告発する社会派サスペンスというよりは、あくまでエンターテイメントです。しかし、現在の中国に起こっている社会問題を連想させるシーンや言葉がさりげなく埋め込まれています。そもそも事件が何かと取りざたされる「富二代」(富裕層の子女)による犯罪であり、2010年に全国に衝撃を与えた「我爸是李剛」(オレの親父は李剛だぞ)事件などを思い出させるセリフもあります。また「天価律師」(高額報酬の弁護士)、「明星桃色新聞」(スターのピンク・スキャンダル)など、社会面をにぎわした話題を連想させる設定や展開が、事件を身近に感じさせます。セリフも凝っていて、「合意できない商売はない、ただ合意できない価格があるだけだ」など、ネットで引用されそうなものがちりばめられています。

星美国際影城は一般道が建物内を突き抜けているほど巨大ショッピングセンターの北の端にあり、初めて訪れた時は南から入ったため、余裕で間に合うはずだった上映開始に10分も遅刻したことを思い出す

星美国際影城・金源店は面積1万平方メートルを上回り、9つのホールを持つ北京市北部でも有数のシネコン 

また、主演俳優たちの安定した演技が、非日常的な法定ドラマにを身近に感じさせます。スン・ホンレイの表裏のある人物やアーロン・クオックの敏腕検事ぶりはもうすっかり見慣れた気がしますが、ユー・ナンの弁護士姿は新鮮でした。今回はたたみこむような追及で証人を取り乱させるなど、よくしゃべる演技も見られます。

監督第2作でヒット・メーカーの仲間入り!?

そして何より、同じ法廷をこの3人それぞれの背景から見ていく工夫が新鮮です。1970年生まれで安徽芸術学院で音楽を専攻したという監督の非行には、サイモン・ヤム(任達華)を起用した『守望者』(2011)というホラー・サイコ・サスペンスとでもいう作品があり、私にも強烈な印象が残っています。その作品でも効果的だった、ある場面に立ち戻り別の人間の視点から見直すという手法がこの長編第2作でも使われています。いったん「おお、実はそういう事件だったのか!」と思ったのもつかの間、別の人物から見ると実はその裏にもう一つのストーリーが隠されており、そちらを追っていくとさらに新たな謎が提示されるという展開です。これによって、動きが少なくなりがちな法廷ドラマがテンポよく進み、観客をどんどん引き込んでいきます。私の前に座っていた中年女性二人は、最初はリラックスした様子でおしゃべりなどしていたのですが、次第に無口になり、後半になると一人は身を乗り出して見ていました。その気持ちは分かります。本当の裁判がこの映画と同じように進められるものかどうかは疑問ですが、法廷の表と裏で進むスリリングなドラマを十分に堪能しました。

中国では子どもたちにたいへん人気のある『スマーフ2 アイドル救出大作戦!』が公開になった週末、朝いちばんで訪れたにもかかわらずこの行列

こちらでは、犯罪映画に関する倫理が日本より厳しいようで、悪人が警察や法廷を欺いて逃げ切るような結末の作品は見たことがありません。このため、ラストはある程度想像できるのですが、それでも周莉が最後に決定的な証拠を発見する場面は見ていてうならされます。才能豊かな監督だと思いますので、今後の作品も楽しみです。

なお、架空の都市「峰州市」を舞台にしていますが、ロケは天津で行われたとのことです。近代的なビル群に交じって歴史ある西洋建築が見え、どことなくヨーロッパの都市をイメージさせる景色は、現実と虚構が入り混じる映画の世界を象徴しているようです。

9月19日の中秋節を前に、ショッピングセンター内ではイベントも行われていた

巨大な団地を控え、ショッピングセンターとシネコンには子ども連れの家族が多いのが特徴。ファミリーをターゲットにした店舗や施設も多く、中には子ども向けのフリークライミング・アトラクションもあって人気のようす

【データ】

全民目撃(Silent witness)

監督: フェイ・シン(非行)

キャスト:スン・ホンレイ(孫紅雷)、アーロン・クオック(郭富城)、ユー・ナン(余男)、デン・ジャージャー(鄧家佳)、ジャオ・リーシン(趙立新)

時間・ジャンル: 120分/犯罪・サスペンス

公開日:2013年9月13日

 

星美国際影城・金源店

所在地:北京市海淀区遠大路1号 金源時代ショッピングセンター5階

電話:010-88878696

アクセス:地下鉄10号線長春橋駅A口下車徒歩1分、出口を出ると左手に巨大なショッピングセンターが見える

 

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2013年9月16日

 

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