厳嬋琳 上海の地下鉄事業に青春を捧げ

上海地下鉄運営公司で、厳嬋琳のことを語らせたら、人によって様々だ。

「彼女はどんどん痩せてきた。あれだけ仕事が忙しければ痩せないわけがないよ。」

「彼女はいつも若々しいな。会社に入ったばかりの頃は大学出たてだったが、今となっては支社の統括エンジニアとして大活躍だ。」

「ここ数年で少し老けたようだ。大きい仕事をすればするほどプレッシャーも大きいから。」

家族の目から見た彼女はどうだろう。38歳の厳嬋琳は母として、妻として、娘としては合格とはいえないようだ。しかし、プロジェクトに取り組み始めたら意気盛んなこと、男性顔負け。細やかな仕事をやり始めたら、女性らしさを存分に発揮する、それが同僚たちから見た厳嬋琳なのである。

上海の地下鉄事業に青春を捧げた日々

16年前、地下鉄は何世代にもわたる人々の希望の種子のようなもので、上海の人波が多くにぎやかな街並みの地面の下に埋められていた。そして、まさにこの年、厳嬋琳は大学を卒業し、地下鉄公司で技術主管となった。

当時、地下鉄1号線は建設、調整段階にあった。仕事を始めたばかりの厳嬋琳は真剣に外国の専門家の意見を拝聴した。結婚したばかりにもかかわらず、欠かさず工事現場に通った。外国の専門家は冗談でこう言ったものだ。「君は地下鉄と結婚したのかい?」

しかしこの冗談はまったくの冗談とは言い切れない。厳嬋琳は確かに自分の青春を上海の地下鉄工事に捧げたのだ。彼女は技術上どんな困難にあっても、必ず乗り越える人だ、と人は言う。

「司令官」かつ「政治委員」

「何年もたったが、私たちはまだ彼女のことを"小厳"と呼んでいる。彼女は"司令官"でもあり"政治委員"でもあるんだよ。」地下鉄運営公司の同僚たちが厳嬋琳のことを語る時、意気盛んな彼女ではあるが、同僚にとって印象深いのは、彼女には優しい一面もあることだ。

厳嬋琳がこの職場へやって来た時、「ベテラン」たちは、まだ小娘ともいえる彼女を見下していた。「役職に就けるような実力があるわけがない。」彼女は、こうした批判を気にも留めなかった。行動をもって示すのみだ。彼女はさらに、同僚たちの仕事への意欲にも十分注意を払った。毎年正月には、年賀状を従業員の家族へ送った。同僚たちの間が上手くいかなくなった時、彼女はその現実から目を背けようとせずに積極的に間を取り持ち、問題を解決した。さらに、彼女は忙しい仕事の合間をぬって従業員の家庭を訪問さえした。

仕事もやらなければならない、職員の生活上のことも気にかけなければならない。ある職員の家庭で問題が起きた。夫婦はけんかしてばかりだった。厳嬋琳はそれを知り、進んで彼らの間の橋渡し役となった。ある時など一時間も電話で話し続け、口が渇ききってしまい、電話を切ってから一気にコップ三杯の水を飲んだほどだ。結局、夫婦は仲直りをし、一緒に彼女の元に感謝の言葉を述べに来た。

厳嬋琳は、自分自身が優れた党員であるだけでなく、周りの人々にも良い影響を与えた。このような管理能力を持つ彼女のことをいつしか周囲の人々が認めるようになったのも当然だろう。いつしか、同僚たちは「彼女は全くもってすごい女性だよ!」と言うようになった。

家族への後ろめたさ

家庭での彼女はどうだろう。子供が口を開けて笑うのを見るたびに、疚しさを感じずにはいられない。「子供は以前ずっと、私に前歯が痛いといっていたんです。私は歯が生え変わる時によくある事だと思い放っておきました。病院にいって検査を受け、初めて前歯が曲がって生えていることに気づいたんです。」子供の前歯に残るその時の後遺症は、厳嬋琳の心に棘となって刺さったままである。

彼女の夫も地下鉄関係の仕事をしている。しかし不幸にも交通事故にあってしまった。厳嬋琳は病室に足を踏み入れた瞬間、思わず無意識に目を泳がせてしまった。顔に十何針も縫った痕があり、右足は骨折し、頭部が膨れ上がったその怪我人こそが自分の夫である、ということを彼女は信じられなかったのである。

厳嬋琳は自責の念から涙を流した。しかし涙を流しきったら、やらなければならないことは依然としてある。夫の世話をしながら、設計案を掘り下げていく。彼女は、苦しみの中でやるべき仕事を終わらせた。

2004年、厳嬋琳は地下鉄の検査の現場で、突然一本の電話を受けた。母親が頚椎症を発症したというのである。この知らせを聞いて、厳嬋琳の心は乱れた。しかし結局現場に留まり仕事を続けた。夜、帰宅した時には、母親の頭部や四肢は痙攣し、話すことすら困難な状態だった。病院へ連れて行くと、医師は責めるように言った。「どうしてもっと早く連れて来なかったんですか。」母親は医師の手を引っ張りながら、弱々しい声で「この子はとても忙しいんです。国のために働いているんです」と厳嬋琳をかばうように言った。

現在、彼女は以前よりさらに忙しい生活を送っている。彼女は、息子と郊外に遊びに行く約束をしている。病床についている母になるべく付き添う約束もしている。しかしこれらの約束はまだ守られていない。彼女は言う。「もうちょっと待ってね。上海の地下鉄ネットワークが大体完成したら、私たちは一家一緒に乗りましょうね…」

「チャイナネット」 2007年10月15日

 
 
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