東京通信


    相次ぐ「浮上」
    

 最近、日本のテレビや新聞で、「浮上」という言葉をよく目にするようになった。それは新語でもなんでもないが、「水上に浮かび上がる」という本来の意味と、そこから転じて比喩的に使われる「目立たなかった存在が、注目されるようになる」という二つの意味があるようだ。次の用例を見てみよう。

 @米ハワイのオアフ島沖で、愛媛県立宇和島水産高校の実習船が、急浮上した米原子力潜水艦に衝突され、沈没した。(2月10日)
 A森喜郎首相退陣論が13日、自公保三党連立与党内で浮上した。(2月14日)
 Bそこへ米原潜事故に関連して、連絡を受けた後もゴルフを続けた首相の危機管理上の問題が浮上した。(2月14日)
 C高温超電導磁気浮上方リング形状フライホイール(はずみ車)に関する研究を行っている。(4月)
 Dダイオキシンや不法投棄問題で浮上してきた廃棄物処理の実態。問題解決のためのSCMシステムを紹介し、メリットを強調している。(5月)
 E今季二勝目を狙う田中秀道が五バーディー、一ボギーで通算十三アンダーに伸ばし、二位から再び首位に浮上。(6月)
 F靖国参拝、新たな波紋「国立戦没者墓」が急浮上。こうした中で突然、急浮上してきたのが国立墓地の建設構想だ。(6月27日)
 G小泉純一郎首相が靖国神社を参拝する日程を終戦記念日の十五日以外にずらす案が十日夜、政府内で浮上した。(8月11日)
 Hこの世で一番不思議な存在は何か。間違いなくブラックホールは有力候補のひとつだろう。……また資格問題が浮上する。(9月)
 Iタイタニックは何度でも浮上する?(9月7日)
 J(近鉄チームは)急浮上、史上五度目(優勝)。(9月27日)

 こうして見ると、少なくはない。政治や科学、技術、社会問題、体育、文化などさまざまな分野にわたる記事に、「浮上」「急浮上」という言葉が頻繁に使われる。このほか、ネパール王室射殺事件、インドネシアの対外債務問題、韓国の統一相責任論、栃木県黒磯市の女児誘拐事件、神戸市北区の女子中学生殺害事件などでも使われた。

 この言葉が使われ出した経緯について振り返ってみると、実は2001年2月10日午前8時45分、愛媛県立宇和島水産高校の実習船えひめ丸がハワイ・オアフ島沖で急浮上した米原子力潜水艦と衝突し、沈没した事故が起きてからであることがわかる。事故後、実習船に乗り組んでいた35人のうち生徒4人を含む9人が行方不明となり、その後八人の遺体が収容された。

 「浮上」という言葉が多用されるのは、米原子力潜水艦の「急浮上」による事故が、人々に大きな衝撃を与えたからではないか? それで各メディアが相次いで「浮上」という言葉を多用し、「浮上」した事件を取り上げたのではないか? 用語として頻繁に使われるようになり、文字通り「浮上」が浮上したのだ。

 この言葉が流行語になるかどうかはわからないが、こうしたことで、この言葉の使い方がよくわかるようになった。また、昨年起こったさまざまな事件についても、よく理解できた。

 いくつかの新しい言葉が、いまも脳裏に「浮上」してくる。アイドルの香取慎吾が扮する慎吾ママの「おっはー」(おはよう)に続く新語「おっつー」(お疲れさま)や、小泉首相の所信表明演説で広まった「米百俵精神」「聖域なき」(構造改革)などである。新語や流行語を通して深める日本社会への理解は、私が体得した貴重な知識となっている。 (本誌東京支局長・張哲)