私たちが見たODA 小林 さゆり 21世紀を担う中国の大学生たちに、中国における日本の政府開発援助(ODA)の現状を紹介し、理解を深めてもらおうとする視察研修旅行がこのほど、四川、貴州の両省を中心に行われた。ODAの実施機関である日本国際協力事業団(JICA)中国事務所が主催したもので、今回はその二回目。中国の内陸部におけるODAの現状に初めてふれた学生たちは、新鮮な驚きとともに、そのもようを語ってくれた。
この「JICA事業視察研修旅行」に参加したのは、中国各地の大学で日本語を学ぶ15人の学生たち。JICAから青年海外協力隊員(日本語教師)が派遣されている15の公立大学で作文の募集が行われ、208人の応募者の中から選ばれた優秀な若者たちだった。 四川省森林造成モデル計画 「あたりには一本の木もなく、まるで坊さんの頭のようなハゲ山でした。中国南部の四川省で、こんなに緑が減っているとは……」。こう驚きの声を上げたのは、貴州大学4年男子の李タリさんだ。 四川チームの学生七人と関係者らが訪れたのは、四川省南部・西昌市の西側に位置する小高い山の上だった。ここは長江の支流・安寧河の流域にあたり、1998年の長江大洪水の際には、かつてないほどの被害を受けた。さらに、人々が生活のために伐採を続けてきたことも、土地を荒らした原因の一つと考えられている。李ライさんが驚嘆したのには、そんなわけがあった。 98年に訪日した江沢民主席は、こうした実情をふまえて当時の小渕恵三首相と会談を行った。その後、中国政府の正式な協力要請を受けて、2000年7月にODAによる技術協力「四川省森林造成モデル計画」がこの地でスタートしたのである。内容は五年計画で、@西昌市などに500ヘクタール以上のモデル林を造り、現地での自立的な造林活動を促す、A西昌市にモデル苗畑を、隣接する昭覚県に試験苗畑をそれぞれ造り、造林用の苗木生産技術を開発する――などとなっている。 モデル林や苗畑を見学した学生たちは、現地に長期派遣された日本側の造林専門家や、中国側パートナーの林業局職員などから説明を受けた。 「山の上には、日本産のヤシャブシなどが植えられていました。苗木が育てば根を深くはるため、土砂崩れの防止に役立ちます。乾燥した土地なので、植林するのに大変苦労したそうです」(貴州大学4年女子・楊コウさん) ヤシャブシは、山の崩壊地などに生えるカバノキ科の落葉小高木。砂防樹としても利用されている。中日双方の専門家たちは、この土地にあった苗木は何か、いつ、どの段階で苗木を植えれば効果的かなどを調べて、地元政府や農民たちの協力のもと苗木を育て、試験的に植林している。その成果が見え始めるのは4、5年も先だというから、気の遠くなるような話ではある。 「専門家たちに『ケンカしたことがありますか』と聞いたんです。すると『ケンカではなく議論です』と。激しい議論の応酬で、中国側の女性スタッフが泣き出したこともあったとか。でもその後は『雨降って地固まる』で、相互理解が深まったそうです」(楊コウさん) 「寒暖の差が激しく、乾燥したこの土地での植林が成功すれば、経験は必ず各地で役立つだろう」(李ライさん) 「2008年北京五輪のテーマの一つは、『緑のオリンピック』です。それは環境保護と密接にかかわっています。農業大国である中国は、都会だけでなく農村の環境保護についても関心を払わなければなりません」(長沙大学三年女子・羅芬さん) 学生たちは、環境保護の重要性を痛感し、両国の専門家たちのひたむきな努力に印象を深めていたようだ。 貴州省・貴陽民族中学校 一方、貴州チームの学生八人らは、省都の貴陽市内にある貴陽民族中学校などを参観した。ODAの無償資金協力により、さまざまな教育機材が導入された中高一貫校である。 生徒数は1073人。漢民族以外の民族が約半数を占める「少数民族の学校」だ。当初は教師が51人と少なく、教育指導もままならなかった。しかし中国政府の要請を受け、90年代からODAによるマルチメディア教育機材が導入された。コンピューターやLLシステム、ビデオカメラ、スライドフィルムプロジェクターなどである。それにより、教師が不足していても生徒たちは最新機材を利用して学べるようになり、学校はそれまでの市レベルの重点中学(エリート校)から、省レベルの重点中学へと昇格した。 「昨年は、卒業生の83%が大学に進学しました。それだけにこの学校は狭き門で、昨年は300人の定員に800人が入学を希望したそうです」(大連民族学院3年女子・金玉蘭さん)
「学校側は、日本の無償資金協力にとても感謝していました。『生徒の一人ひとりを中日友好の使者に育てる』という固い決心を述べられ、日本語を学ぶ一人としてもうれしかったです」(延辺大学人文学院3年女子・許美善さん) ODAの拡大に期待をにじませるのは、ハルビン工程大学大学院修士課程の男子学生・周暁剛さんだ。「この学校はラッキーなのです。日本のODAを期待する学校は、まだたくさんある」。少数民族居住区の識字率は、中国全体のそれを下回る。識字率の向上は、中国における課題の一つとなっている。 金玉蘭さんは「交流会で、苗族のある女生徒が少数民族の歌を教えてくれた。学校を離れる時、『あの歌を忘れないでね』と言われたが、本当は『貧しい私たちを忘れないでね』という意味だったのではないか? 日本語を生かして、自分に何ができるかを改めて考えていきたい」と思いを新たにしていた。 学生たちは視察後北京に集合し、実習をかねて日本語による報告会を行った。来賓として、JICA事業の中国側窓口機関である中国科学技術部、対外貿易経済合作部(ともに省庁にあたる)から担当官が出席し、次のように学生たちを励ました。 「皆さんは、とても貴重な体験をしましたね。中日友好事業の担い手として、これからもぜひ頑張ってください」 ODAを知ってもらおう ODAは、「贈与(無償援助)」と「借款(有償援助)」の二つに大きく分かれる。JICAが担当するのがそのうちの無償援助(技術協力と無償資金協力)にかかわる部分だ。
JICAでは、日本人専門家の中国派遣事業などを七九年からスタート。99年度までに中国へ派遣した専門家は累計で約4000人、青年海外協力隊員は約400人、中国からの研修員の受け入れは約1万人、投じた事業費は合わせて二千億円以上と、かなりの規模で人材、資金(機材・設備資金を含む)の対中協力を進めている。それらはすべて、日本人の貴重な税金により支えられているものだ。 こうした国家的な事業の実態を、「両国の相互理解の促進のため、さらに詳しく中国の人々に知ってもらいたい」と、広報活動の一環として始められたのが、学生たちの研修旅行だった。第一回(昨年3月)は北京市内の視察のみ、参加者も6人と少数に限られたが、第二回ではそれが大幅に改善された。報告は今後、学生たちにより各大学で行われるほか、JICAの広報誌やホームページを通じて世界に発信されるという。 今回、四川チームに同行したJICA中国事務所の坂本毅さんは、「学生たちはとにかく積極的でした。専門家への質問が相次ぎ、次の予定に遅れてしまうとハラハラしたほど。こうした感動を、広く伝えていきたいですね」と語る。中日国交正常化30周年の今年は折りしも、JICA中国事務所開設20周年の節目の年でもある。第三回が予定される研修旅行では、日本語を学ぶ学生を広く募集したり、国内だけではなく日本の視察を加えたりと、内容をさらに豊富にすることが検討されている。 それは、事業をアピールするだけでなく、両国関係を担う人材を育てるチャンスでもある。貴州チームの許美善さんは、報告会の最後をこう力強くしめくくった。 「(視察してきたように)両国の人々が人間どうし理解を深め、助け合ったら未来はもっと素晴らしくなる。これからの中日友好は、私たちが明るくつくり上げていくことを信じてほしい!」 若者たちのいっそうの活躍が、期待されている。 説明: [JICA]国際協力事業団。1974年に設立された特殊法人。ODAのうち、無償援助(技術協力と無償資金協力)にかかわる基礎的な調査や実施促進業務などを担当する。中国事務所は、世界56カ所にある在外事務所の一つで、82年に開設された。http://www.jica.org.cn 現在進行中のJICA事業の一部(2001年8月現在) |