「兵車行」は、杜甫が意識していたかどうかは別にして、最初の反戦詩だと思います。杜甫の反戦詩が優れているのは、戦争の実写を伴わない点です。戦いの背景にある人々の苦しみを描き、しかも、その眼は、人々への限りない愛情で貫かれているのです。その観察眼の深さが、詩意の戦争の悲惨さを際だたせています。前回兵士に問いかけた杜甫は、今回は、国の荒廃や兵士の嘆きに及びます。
辺亭流血成海水、
辺亭の流血 海水を成すも、
武皇開辺意未已。
武皇辺を開く 意未だ已まず。
君
不聞漢家山東二百州、
君聞かずや漢家山東の二百州、
千村万落生荊杞。
千村万落 荊杞を生ず。
縦有健婦把鋤犂、
縦い健婦の鋤犂を把るあるも、
禾生隴畝無東西。
禾は隴畝に生じて 東西無し。
況復秦兵耐苦戦、
況んや復た秦兵は苦戦に耐えるや、
被駆不異犬与鶏。
駆らるること犬と鶏とに異ならず。
【通釈】
国境地帯では、流された血が海のように成っているのに、
(漢の武帝のような)玄宗皇帝の国境を防備し治めようとする意志は、止むことがない。
諸君も知っているでしょう、この国の東の半分二百州では、
多くの村々のほとんどが、雑木や雑草が生えてしまっていることを。
たとえ、鋤や鍬を手にして働く健気な妻女がいても、
苗は畝に生えて、田畑は手入れが行き届かず、分からなくなっているのです。
ましてや、秦(中原)の兵士は、苦しい戦いにもよく頑張るので、
徴兵されて犬や鶏のように扱き使われるのです。
長者雖有問、役夫敢申恨。
長者 問う有りと雖も、役夫は敢えて恨みを申べんや。
且如今年冬、未休関西卒。
且つ今年の冬の如きは、未だ関西の卒を休めざるに。
県官急索租、租税従何出。
県官 急に租を索む、租税 何によりて出ださん。
信知生男悪、反是生女好。
信に知る 男を生むは悪しく、反って是れ女を生むは好しと。
生女猶得嫁比隣、
女を生まば猶お比隣に嫁するを得るも、
生男埋没随百草。
男を生まば埋没して 百草に随わん。
【通釈】
貴方のお尋ねでも、兵士である私は、恨みごとをいうわけにはいきません。
更に今年の冬は、まだ関西地区の徴兵が終わらないのに、役人は、急いで租税を取り立てようとしています。
いったい、租税をどこから出せというのですか。
ですから、本当によくわかりました。男の子を産むのは悪いことで、かえって、女の子を産むことが好いことだと。
女を生めば、隣近所に嫁にやることもできるが、
男を生めば、地中に埋められて、多くの雑草と共に朽ち果てるだけです。
読者のみなさん、今回は、そのまま読んでみてください。当時の中国が見えてきます。玄宗皇帝の治世、唐の姿とは、このようなものだったのです。「兵車行」つづく。
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