アシ(阿細)人は、中国の少数民族イ族の一支族である。おもな居住地は、雲南省紅河ハニ族イ族自治州弥勒県の「西三郷」と「西一郷」という場所だ。昨年初秋、西三郷の可邑村を取材のため訪れた。そこは私に非常に深い印象を与えてくれた。
可邑村は、標高1930メートル。密閉型の溶岩が成長してできた高山地区だ。可邑村の「可」はイ族の言葉で、「吉祥の地」を意味するという。清の順治五年(1648年)に、畢武とよばれるアシ人が、一家を挙げてこの地に移り住んだといわれるが、その時から数えると、すでに350余年の歴史があることになる。
初期の可邑村は長く閉鎖状態にあり、人口増加も緩慢だった。32平方キロメートルほどの土地に、当初は戸数が35戸であったのが、1950年代には95戸に増加、今日では203戸、住民合わせて724人と、依然ゆっくりとした伸び率である。全村の耕地面積は1564ムー(一ムーは6・667アール)、山林は9270ムー、森林の被覆率は70%以上に達しているという。
その日の早朝、弥勒県の県城(県庁所在地)から自動車で出発、くねくねと曲がった山道を一路、可邑村へと向かって走った。暗雲たれ込めた空からは、しとしとと雨が降ってきた。空気がかえって爽やかで、しっとりとした潤いがある。静かな山林からは時折、カッコウの鳴き声が聞こえ、ついウットリとして聞きほれる。雨は山間のじゃり道を、ひどいぬかるみに変えた。車は二十数キロの山道をしばらく、くねくねと走っていたが、ついに陥没した泥の中にはまり込み、動けなくなった。私たちは仕方なく、徒歩で村を目指すことにした。
歩き続けて息が切れてきたころ、雨がしだいに止んできた。濃い霧がはれ、太陽が顔を出して、山峰が目の前にハッキリとその姿を現した。濃緑色のタバコの葉が、山間に連なって見え、農家の人々が忙しそうに働いていた。山頂には烽火台のような建造物がそびえ立ち、素晴らしい景色であった。そんな私たちの驚嘆したようすを見て、案内人が急いで説明してくれた。「あれは、この山村の古代の展望台ですよ。外来の侵入者を防ぐために設けられました。合わせて二つありますが、今では使う人もいなくなりました」
初秋の季節になると、村里はタバコの葉を収穫する日々となる。人々はほとんどが畑に出むき、タバコの葉を収穫するのだ。大多数の家が玄関にカギをかけ、家に残ったわずかな村人が伝統的な手先の作業で、刈り取られたばかりのタバコの葉を整理して、加工していた。暇のある老人だけが、街頭で孫のお守りをしているようだ。狭い道には時折、大きく束ねたタバコの葉を背負った老人が、忙しそうに歩いていった。私たちの来訪は、村人の関心を引いたようで、子どもたちは私たちの後について行ったり来たりし、好奇心いっぱいのまなざしを向けてきた。
昼ごろになって、畢春さんというアシ人の青年の家におじゃました。主人の畢さんは今年33歳。ひとかどの人材であり、非常にやり手でもある。87年、彼は5000元以上を費やして、瓦屋根の部屋を3間、新築した。両親と妻と娘の5人家族で、一家は幸せに暮らしている。主人は熱心に、アシ人の昼食を勧めてくれた。彼は自ら厨房に入り、料理を作った。しばらくするうち、庭に置かれた食卓の上には、おいしそうなにおいが漂う家庭料理がいっぱいに並んだ。
「これらの料理は、いずれも山で採れたキノコで作ったもの、ホンモノの自然食品ですよ。町ではなかなか食べられません」。畢さんはそう紹介しながら、みなを昼食に誘い入れた。席上、彼と世間話に興じた。「可邑村は、各家でタバコの葉を栽培していますよ。わが家には7ムーの耕地があり、トウモロコシの栽培を除く、5ムーの土地はすべてタバコの葉を作っています。一ムーにつき年に1000元(1元は約15円)の収入があります。まあまあの暮らしですよ」
畢さんはそう言って、日干しレンガで造った細長い専用乾燥室を指差した。タバコの葉を特殊な方法で乾燥させる部屋である。そして、アシ人の物語を話し出した。――百年以上前、アシ人は野獣や外来の侵入を防ぐために、村の周囲に長さ100メートルあまり、厚さ1・5メートル、高さ3〜4メートルの石壁を築き上げた。三つの門があり、外部との往来はきわめて少なかった。しかし、アシ人は歌や踊りに長けていた。農作業する姿を模して祖先が創作した舞踊「アシ跳月」は有名になり、アシ人を代表する舞踊となった。三弦琴のドンチャンという力強い伴奏に合わせ、青年や老人たちが半円形や円形の隊伍に分かれて、月光のもと楽しげに踊る。そうして豊作を願い、祭日を祝うのである。
畢さんは、誇らしげに言った。「2003年4月、私は可邑村を代表し、北京でこの『アシ跳月』を披露しました。天安門や万里の長城も観光したのですよ」。北京の印象について聞くと恥じらいながら「本で紹介されているのと同じで、素晴らしかった!人がとても多いのですね」と言う。
夕日が傾きだしたころ、村人たちは「アシ跳月」を踊りだした。炊事の煙が立ち昇り、村人の笑い声が響きわたった。心地よいステップの伴奏と、大三弦の奏でる重厚で力強い音色は、いつまでも山間にこだましていた。(2004年4月号)
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