成長至上主義から人間重視へ
                ジェトロ北京センター所長 江原 規由
    
 
   
 
江原規由
1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。

 

 中国は、成長本位の時代から人民本位の時代を迎えたといえます。3月に開催された全国人民代表大会(全人代)の文献や決議の中のキーワードは、「以人為本」(人間を本とする)でした。

 中国は、1978年以来の改革・開放政策で高度成長路線を突き進み、昨年も9・1%成長と、実質的に世界で最も高い成長を遂げましたが、その過程で、都市と農村の所得格差が拡大するなどのいろいろな社会的矛盾が先鋭化しました。「以人為本」とは、こうした矛盾是正へ向けた国家としての所信表明を、年に一度の全人代で行ったということになるかと思います。

 別の言い方をすると、成長パターンを「G本経済」(GDP重視の経済)から「人本経済」(生活重視の経済)へと転換すること、即ち、人民の利益を強烈に意識した経済運営を目指すということです。具体的には、省資源型、環境に配慮した成長を目指し、農民、農村、農業に財政を傾斜配分し、かつ科学技術、教育、文化、衛生など、人民のためになる分野への投資を拡大することなどということになります。

 今や、「以人為本」は国家の価値観になったとさえいわれております。砕いて言えば、改革・開放路線を成長至上主義から「ゆとりある社会」建設へと大きく舵を切ろうとしているということです。

 「国家(アメリカ)があなたにしてあげることを望むのではなく、あなたが国家のためにできることを考えて下さい」との名言を残したのは、第35代米国大統領のケネディでしたが、今の中国は、国が人民のために多くのことをやろうとしているわけです。ということは、今後の対中交流では、中国人民への配慮をより意識した対応、特に対中ビジネスでは、中国人民の利益との関連性や企業の社会的貢献がより求められてくるということになるかと思います。

世界の人材センターへ

 経済交流や経済活動においても、「以人為本」が主流になってきております。ただ、この場合の「人」は人材(注1)です。中国には豊富な労働力が存在するとはいえ、人材は大いに不足しているのが現状です。

 身近な例をあげましょう。昨年、大連市副市長が日本で人材を確保するために訪日したり、また、大阪で中国企業が日本の人材を大募集する「中国企業中日人材交流兼投資交流会」が企画されたりするなど、中国は海外から人材を集めなければならない時代に入ったということが 棠ります。

 人材確保は、対中進出した外資系企業にとっても一大事となりました。今や、対中ビジネスの成否を握るカギは、中国でどう人材を確保するかにかかっているとさえいわれております。今後、中国経済の国際化や中国市場の対外開放が一段と進展することから、外資系企業や中国企業の人材獲得競争が熾烈を極めることになるでしょう。

 こうした人材獲得競争が何をもたらすのでしょうか。中国には、既に47万社に近い外資系企業が登記されていますが、今後は企業だけではなく、海外の人材も中国に集まってくることになるでしょう。こうした人材の就職先は中国企業であり、在中外資系企業ということになりそうです。中国は、「世界の生産センター」といわれていますが、中長期的には「世界の人材センター」となる可能性を秘めているのです。

 今後、中国企業の海外進出が本格化し、また中国国内にあっては、外資系企業も含めた国際ビジネスが展開される(注2)わけですから、人材に対する需要は減ることはないでしょう(注3)。実際、大学卒業後、または転職して、あるいは定年退職後、中国で就職したり起業したりする日本人が増えてきています。中国が生産現場としての魅力に加え、就職先としても関心を集めつつあるのです。

人民と人材を意識した時代へ

 今、その中国の人材市場にちょっとした変化が現れています。即ち@外資系企業から中国企業へジョブ・ホッピングする人材が増えてきているA人材に対する民営企業の需要が拡大してきているB一部国有企業に人材の人気が集まってきている、そしてC海外で就職をせず(或いは退職して)帰国し、起業する海外留学生が増えてきている(注4)――などです。中国で働くこと、そして中国企業で働くことが、給与面を含め魅力を持ち始めてきていることが分かります。

 世界最大のヘッドハンター企業であるMRIが中国の人材市場に参入したり、中国最大のコンピュータ関連民営企業である聯想や中国最大の鉄鋼会社である上海宝鋼集団が、高級管理者や技術者を海外から募集したり、企業サイドの人材国際化は着実に進展しています。

 中国企業が日本で会社説明会を開催し、日本人の人材を求めるという日がそこまで来ているといってよいと思います。

 中国は2020年までに、「小康社会」の実現を目指しています。そのため2000年のGDPの4倍増を図るとしております。この4倍増には、年率平均7%強の高度成長が必要であり、それにはこれまで同様、外資系企業の役割に大きな期待が寄せられています。

 違うところは「以人為本」。即ち、中国経済の発展と国際化、そして対中関係に人民と人材が大きく意識されてきたということです。

注1 ここでいう人材とは、中国人の人材、多国籍の人材を指す。中国で求められている人材は、通訳、企業管理、マーケティング、エンジニアリング設計、コンピュータソフトおよびハード開発、ハイテク関連、バイオ、金融・保険知識、会計知識や海外のビジネス案件に精通した弁護士、投資コンサルタントなどとされる。

注2 中国企業の海外展開については、『人民中国』2004年1月号を、また同3月号の「M&Aは外資導入の切り札か」を参照願います。

注3 昨年12月、中央直轄の国有企業6社が、高級管理者を国内外から募集しましたが、中央直轄国有企業が海外に人材を求めたのはこれが初めてのケースです。

注4 昨年帰国した留学生は2万100人で、1978年の改革・開放政策以来、最高を記録。なお、1978年から2003年までに、外国に留学した留学生総数は70万200人。うち、帰国した留学生は、17万2800人。中国政府は、優秀な帰国留学生に数々の優遇を与えている。