◆あらすじ
小さな町の警官、馬は妹の結婚式で酔っ払い、拳銃をなくしてしまう。周囲のすべての人を疑い、必死で拳銃を探す馬。結婚式から一緒の車で帰ったという周を疑い、周の後をつけるうち、周の密造酒工場を発見。ところがその周の家で、馬の初恋の人の小萌が殺されてしまう。弾丸から凶器は馬の拳銃であることが判明。実は狙われたのは周で、小萌は周の代わりに犠牲になったのだと知った馬は、周になりすまして犯人をおびきよせる。
◆見どころ
監督の陸川が自分で書いた脚本をあちこちに持ち込んでは、無名の新人のために投資を断られ、主演はこの人と心に決めていた姜文に直談判。脚本を気に入った姜文は主演を快諾、代わりに投資先も探してくれて、ついに製作にこぎつけたという。
警官がなくした拳銃を探し求め、最後は犯人に殺されると言うプロットが黒澤明の『野良犬』に似ていると指摘する人もいるが、それをさしひいても、若々しいテンポのいい演出と、濃厚な地方色、そして『鬼が来た』のカンヌ出品で制裁を受けた姜文の久々の映画復帰で力の入った熱演が、説得力を持つ作品だ。一昨年中国で公開された時に話題をさらったというのもうなずける。
馬が必死で探し求める拳銃は実は男性自身を象徴しているのではないか。『覇王別姫
さらば、わが愛』で刀が男根を象徴していたように。馬は仕事にかまけて、家庭も子供の教育も顧みないと妻から責められ、夫婦の関係はぎくしゃくしている。そこへ、初恋の女性が嫁入り先から出戻ってきて、妹の結婚式にあらわれたことで心が動揺する。もちろん、警官が拳銃をなくせばその社会的身分も剥奪されるわけで、仕事を生きがいにする男ほど、喪失感は大きい。たちまち男性としての自信をなくし、妻との営みにも支障をきたし名実共にインポテンツになってしまう。だから最後に殺された馬の死体から、会心の大笑いをしながら馬の魂が立ち上がってくるのは、肉体の喪失より大切なものを取り戻したという喜びの表現になっている。
そうした男の内心の葛藤と変化を姜文が見事に浮き彫りにし、製作にいたる過程だけでなく、映画そのものも姜文なしではありえなかった映画である。監督業もいいけれど、やはり俳優としていつまでも活躍して欲しい役者だ。
北京映画製作所所長・韓三平演じる警察署長(好演)が拳銃をなくしてどのぐらい経つと聞いてから激怒する台詞が如何にも中国人的で面白い。
◆解説
貴州が舞台で出演者全員が喋る貴州方言が、独特のローカル色をかもし出す。なぜ貴州なのかは分からないが、貴州出身の寧静や11歳まで貴州で育った姜文が出ているせいだろうか。でも画面からも伝わる貴州の夏のむっとするような湿度と暑さが、じりじりとした主人公の焦燥感を見事に表現しているし、台湾や中国の南方でしか見られない孔明灯や町の石畳や今も残る牌坊などの風俗も効果的に使われている。貴州と言えば茅台酒だが、名酒茅台酒でさえ偽物が横行している中国では、殺人の動機が偽酒で犠牲者が出たことというのも説得力がある。馬やその仲間たちが中越戦争に行っていたという設定も、いかにも東南アジアとの国境に近い貴州らしい。
馬の初恋の人を演じた寧静はかつて姜文とも恋の噂があり、2人が演じる元恋人同士の再会の場面は何だか妙に生々しくリアル。馬の妻を演じた伍宇娟は、『狂気の報酬』『香魂女』などでは楚々とした美女を演じていたのに、しばらく見ないうちに逞しいお母さん役が似合う女優になっていた。姜文の義理の弟役を演じる李海濱は、『鬼が来た』では助監督と端役を務め、『ヘブン・アンド・アース』にも姜文の部下役で出演。怪異な容貌とユーモラスな演技が注目の若手俳優。その他の俳優たちもすべて適材適所でリアルな存在感がある。留置場にいる馬にシャーロック・ホームズの推理小説を差し入れて、しっかり研究しろよと言う悪がきの息子もいい味を出していた。
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