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江原規由 |
1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
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「中国が狭くなる」と言ったら、驚かれるでしょう。そんなはずのないことが、いま起こりつつあります。
近年、中国では交通網が飛躍的に拡大し、便利になってきました。とくに、高速道路網の発展には目を見張るものがあります。いまや、総延長距離で米国に継いで世界第二位の高速道路網が発展しております。かつてと比較にならない時間で中国のどこにでも行けるようになったと言えるでしょう。
マイカーブームの昨今、北京にいて中国各地から入京したカーナンバーを発見すると、「中国が狭くなった」とつくづく感じます。
注目すべきは、今年4月18日零時を期して、第5次鉄道のスピードアップの幕が切って落とされたことです。大量輸送手段はなんといっても鉄道でしょう。今後、この「時間的近さ」を感じる人はますます多くなることでしょう。
第五次鉄道スピードアップ
鉄道のスピードアップは、経済発展と大いに関係があります。日本の新幹線も高度成長期に誕生しました。2004年第一四半期の中国のGDPは9・7%成長となりました。今や、中国は実質、世界一の高成長を遂げているといってよいでしょう。モノ、ヒトの移動もより早く、より遠くへということになります。今回のスピードアップはそうした時代の要請に応えたものです。
中国人の手による初の鉄道が開通したのは1881年の唐山―胥各荘間でした。122年後の昨年、上海でリニアモーターカーが開通。そして、2008年の北京オリンピック開催前後には、北京―上海間を高速鉄道(日本の新幹線に相当)が走ることになっているなど、中国は本格的な鉄道高速化の時代を迎えつつあります。今回のスピードアップは鉄道高速化時代の基礎づくり的意味があると思われます。その内容は次の表の通りです。
このほか、発着時刻も配慮されています。長距離列車はすべて、発車時刻が17時〜23時の間に、到着が翌日の5時〜10時の間になるよう調整されていて、これまで以上に、ビジネスにも観光にも時間が有効につかえるようになりました。
加えて、新車両の投入・増加、直通特急走行路線の拡大などによってもスピードアップは支えられています。さらに、半年前から切符が予約でき、切符購入後の時間変更は簡素化され、乗遅れた旅客には出発後二時間以内であれば、同級の列車への変更手続きが可能になり、しかも手続きが簡素化されるなど、利用客本位の姿勢も全面に押し出されています。こうした改善も、利用者には間接的スピードアップということになるでしょう。
一日経済圏と一時間経済圏
今回のスピードアップは、利用客の便宜のためばかりではありません。主要都市間の移動時間の短縮は、大きな経済的波及効果が期待できます。具体的には、一日経済圏が拡大することになります。これまで以上に大量のヒトとモノが、より広範囲に移動できるようになります。一日経済圏がつながれば、広大な経済圏の誕生が期待できることになります。もちろん、道路網の発達という相乗効果も出てきます。
それでは、スピードアップに伴い、主要都市にはどんな波及効果が生まれるのでしょうか。それは、主要都市を中核とする一時間経済圏の実現ということになるでしょう。すなわち、都市化が促進されるのです。
中国には主要都市の周辺にベッドタウンというものがありません。これは、遠距離通勤がないということです。ほとんどの人が、職場の近くに住んでおります。遠くても無理をすれば、自転車で通勤できる距離が通勤圏になっているといってよいでしょう。
北京では、風物詩でもあった自転車通勤は、近年、大分減ってきました。通勤はバスや地下鉄、最近ではマイカー通勤も増えてきました。経済成長は都市を肥大化させるものです。
鉄道のスピードアップが進み、かつ鉄道利用が便利になれば、通勤圏が拡大すると期待できます。例えば、北京に職場のある人が、百キロ以上離れた天津、唐山、張家口、そしてちょっと大変ですが、秦皇島、天下の保養地、北戴河などに居を構えて、そこから通勤することが可能となるでしょう。今まで考えられなかった遠距離通勤ができるようになるわけです。
人の流れは物流を生みます。物流は新しい産業やビジネスチャンスを生みます。
こうして、近い将来、一時間経済圏が確立すれば、都市の価値観や生活パターンが周辺都市に持ち込まれ、さらにその周辺へと都市圏が拡大することになります。今後、多くの都市で、見慣れた風景や生活環境が一変する、ということが起こるでしょう。
スピードアップが中国を変える
これまで書いてきたことが、今回の鉄道の高速化によってすぐ実現するかといえば、やや時間がかかります。今回のスピードアップがもたらす経済と社会の変化を先取りしてみましたわけです。
すでに北京―上海間の高速鉄道、大連(旅順)―煙台間の列車フェリーの建設など、中 蒼S道史上未曽有のスピードアップやルートが誕生しようとしています。北京にいて、天津が、上海が、瀋陽が、大連が、より身近に感じられ、「鉄道で行ってみよう」と思える都市がますます増えることになるでしょう。
中国は観光大国です。観光名所にも気軽に鉄道を使っていくということになるでしょう。
中国は経済大国です。世界で最も多くの外資系企業を受入れております。鉄道のスピードアップは、外資系企業の進出先を拡大することにもなるでしょう。
中国は鉄道大国です。第五次鉄道スピードアップは、「中国をますます狭くする」大きなステップと言えるでしょう。
●小資料
○ 幹線鉄道の一部区間での時速200km化
○ スピードアップの総延長距離16500km(3000km増)、うち、時速160km以上が7700余km(6400km余増)。
○旅客列車平均速度を時速65.7km(直通特急同119.2km、特急同92.8km)にする。
○ 北京から上海、南京、合肥、杭州、武昌、ハルビン、南昌までの直通特急走行時間の2時間短縮。例えば、北京―上海間は14時間から11時間58分へ、北京―ハルビン間は12時間29分から10時間30分へ短縮。
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