[表紙のひと]

「四不像」とともに生きる郭耕さん

 

 郭耕さんの名刺には、一頭の「四不像」(シフゾウ)が描かれている。

 「これは私なのです。なぜなら、私の仕事や理想とするところは、ガイドのようでもあり、教師のようでもあり、また作家や専門家の素養も持ち合わせていなければなりませんから……」

 四不像は「麋鹿」(びろく)の俗称である(シカ科の動物で、ひづめはウシに、頭はウマに、体はロバに、角はシカに似ているが、全体的にはどれにも似ていないため、そう呼ばれている)。「四不像」と自称している郭さんは、じっさい麋鹿と深い関わりがあるという。

 不惑の年を過ぎたが、かつては大学で貿易学を専攻していた。卒業後、ある貿易会社に勤めて、事業も日の出の勢いだったが、小さいころから大好きだった動物が忘れられず、ある日きっぱりと飼育員に転職した。動物たちとつきあって十数年。ただ動物が好きだという気持ちから、だんだん動物と生態環境に関心を持つようになっていった。

 1998年、郭さんは北京郊外の「麋鹿苑」で働きはじめた。中国本土では一度絶滅したといわれる麋鹿が現在、200頭近く飼育されている。ここで彼は、麋鹿をテキストにして、見学者たちに生態知識や環境保護理念について、せっせと教え広めている。野生動物や生態の保護について、呼びかけているのである。

 人々に警鐘を鳴らすために、郭さんは苑内にみずから「世界絶滅動物公墓」を建設した。コンクリートで作ったドミノ牌があり、倒れているドミノ牌の表面には、絶滅動物の名前と絶滅した年代が刻まれている。また、そのそばには、時代に応じた工業文明を示す機械が置かれている。「人類の文明は無限の拡張をほこり、他の動物の生存権利を奪ってしまった」と警告しているのである。それを無視するならば、ドミノ牌の最後に置かれた人類も、やがては被害をこうむるだろう。

 現在、彼は「麋鹿苑」博物館副館長として正真正銘の「自然教育者」となり、学校やメディア、市民の間を奔走している。その生態倫理や環境保護理念を熱く語り、『鳥獣物語』『絶滅動物挽歌』など多くの著作を出している。

 「自然保護とは、未来保護のこと。人類が動植物の命を同じように大切にしたとき、ようやく安全な生存空間を持つことができるのです」。そう、郭さんは揺るぎない信念を語ってくれた。
 (写真・馮進 文・張春侠)