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江原規由 |
1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
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中国経済の過熱論が、今日ほど内外の関心を集めたことはないといえます。このことは、中国経済の持続的成長と国際化の進展に大いに関係があるといってよいかと思います。
昨年、中国は9・1%の成長を遂げ、今年に入っても、第一四半期(1月〜3月)には9・8%と実質世界一高い経済成長を達成しております。このまま行くと、今年も、9%を超える高成長が見込まれます。
高成長路線は中国の既定路線ですが、現下の問題は、まさにその成長路線の過程で、経済過熱の拡大が懸念されており、その対策が急務となっているということでしょう。
今や、世界第4位の貿易大国に成長するなど、急速に経済の国際化が進む中国で、経済の加熱がバブル化し、これがはじければ、世界経済に与える影響は少なくありません。
特に、昨年後半の経済成長の40%ほどが対中輸出によって牽引されたといわれる日本経済にとって、中国経済の加熱が拡大すれば、火傷しかねない状況といって過言ではないでしょう。
こうした情勢に対し、中国政府はこの数カ月の間に、矢継ぎ早に調整策を講じ、経済の過熱部分を冷まそうとしております。その成果は次第に現れつつあるようですが、まず、過熱しているといわれる中国経済の現状を見てみましょう。
中国経済の加熱化は、過剰投資によって引き起こされているとされています。
まず、昨年の投資実績(注1)をみると、前年比24%増と、同年のGDP成長率のほぼ三倍という高い伸びを示しました。今年に入っても、第一四半期は43%増と激増。特に、製造業分野への投資は、75・8%増と天井知らずの伸びを記録、このうち、鉄鋼(107・2%増)、セメント(101・4%増)、電解アルミ(39・3%増)と、不動産や建築関連分野への投資の伸びが際立っています。
加熱の温床
こうした過剰投資は、原材料、石油、石炭、電力などの需給バランスを崩し、インフレ圧力(注 )を増大させつつあります。まだ、中国の経済過熱は局部的といえますが、消費者物価指数が上昇傾向にあることなどから、過熱の波及範囲が拡大しないかと懸念されている状況です。
なぜ、過剰投資なのでしょうか。いくつも要因がありますが、まず、地方(地方自治体に相当)の成長至上主義が過剰投資を呼んでいる点が指摘されなければなりません。
例えば、第一四半期の中央(国家)のプロジェクトの投資が前年同期比4・8%増であったのに対し、地方のプロジェクトの投資は60・2%増と大きく伸びました。
このところ、中国では建築ラッシュ、特にマイホームブームです。「建てれば売れる」といった状況が想定され、各地方が競って銀行から資金調達し(注3)ビルを林立させました。その結果、関連物資の鉄鋼、セメント、アルミなど不動産関連分野への投資が大きく増えたわけです。この点こそ現下の経済過熱の縮図といってよいと思います。
もう一点、中国経済の過熱化に言及する上で注目すべきは、ホットマネーの流入との関係です。目下、中国は世界第二位の外貨準備(昨年末時点で4033億ドル)を保有しております。驚くべきことに、昨年一年間だけで累積額のほぼ30%にあたる1169億ドルが積み上がりました。
昨年の貿易収支は中国側の255億ドルの黒字、海外からの直接投資(FDI)の受入額は535億ドルですから、そのほか、海外送金や使途不明の外資が380億ドルほど中国に流入したことになります。
その一部が中国の不動産投資などに向かったといわれています。人民元の切上げなどを狙った先行投資、すなわち投機的色彩が濃厚ですが、金額的にはまだそれほど多額ではないとしても、投資拡大や経済の過熱化には、こうした外資の関わりがあることは否定できないでしょう。
加熱を冷ます対応策
新中国の建国以来、中国が経験した経済過熱は7回(注4)ありました。このうち、経済優先路線が敷かれた1978年の改革開放政策以後では4回、すなわち、1978年(11・7%)、84年(15・2%)、87年(11・6%)、92年(14・2%)で、いずれも、10%を超える経済成長となっております。
こうしてみると、今回の経済過熱は、経済成長率をみる限り、前四回を下回っており、経済のバブル化までにはまだ余裕があるかにみえます。
ただ、今回の経済過熱が、・世界経済における中国経済のプレゼンスの向上、すなわち中国経済の国際化の進展過程で・計画経済的色彩がまだ濃厚であった経済運営下から社会主義市場経済下で――発生しており、これまでとは、大きく異なった環境下にあるという点に注目する必要があると思います。中国の経済過熱が及ぼす影響はより広範かつ深刻なものになる可能性があるということです。
経済過熱の拡大を抑えるため、中国政府は銀行融資の抑制や鉄鋼、セメント、電解アルミ、不動産など フ一部産業の投資抑制策を次々に打ち出しています。
3月24日 中国人民銀行が4月25日から金融機関の自己資本比率の水準に応じた差別預金準備率制度を実行すると発表。
4月11日 中国人民銀行が4月25日から預金準備率を7%から7・5%に引上ると発表(注5)。
4月25日 国務院が鉄鋼、セメント、電解アルミ、不動産開発投資プロジェクトについて資本比率の引上げを通達。
4月26日 中央政治局が無計画な投資の抑制すると発表。
4月28日 温家宝総理が江蘇鉄本事件(注6)厳しく処理すると言及。
4月末 中国人民銀行、国家発展改革委員会、銀監会が預金規模の抑制、預金リスクの軽減のための「通知」を発布。
成功する? 軟着陸
5月、6月にも、経済過熱を抑える調整措置は続いておりますが、5月の投資が前年同月比18・3%増(1〜5月では34・8%増)となり、前月比16・4ポイント低下、また、1月、2月が前年同月比53%増であったことから、急拡大していた投資は鎮静傾向にあるといえます。
ただ、今年に入ってからの消費者物価指数の上昇値が前年同月比で、1月3・2%、2月2・1%、3月3・0%、4月3・8%、5月4・4%と、上昇傾向にあることから、インフレ懸念が昂じつつある状況といえます(注7
)。物価上昇がさらに昂じれば、9年振りの金利引上げの可能性が大きくなるでしょう。
中国経済は局部的に過熱していることは間違いないと思います。過去の経済過熱の際には、大胆な調整策が講じられ、成長に急ブレーキがかけられました。しかし、改革開放後五回目となる今回の経済過熱に対し、中国政府は、急ブレーキはかけないとしています。
政府が設定している年平均成長率は7〜8%といったところですから、成長を失速させることなく2%前後成長を抑えられれば、中国経済は「軟着陸」に成功するといえるのではないか、過去の経験と今回の矢継ぎ早な対応策により、中国経済の「軟着陸」は十分可能と思われます。
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注1 全社会固定資産投資のこと。
注2 例えば、工業生産用原材料の平均出荷価格についていえば、昨年一年間の上昇幅が3.6%であったものが、今年第3四半期で既に4.8%となっていることなど。
注3 第1四半期の金融機関の貸し付け実績(8351億元)は、年間目標(2.6兆元)の32%に達している。
注4 改革開放路線以前の経済過熱は、1958年(経済成長率21.3%)、1964年(18.3%)、1970年(19.4%)。
注5 預金準備率の0.5%引き上げにより、金融機関の運用資金が年間の建設国債発行額に相当する1100億元前後一時的に減るとされる。
注6 地方政府が権限外の鋼鉄プロジェクト(総投資額106億元)を違法批准し、8名の地方政府高官と中国銀行常州分行長(支店長)が処分された江蘇鉄本事件。
注7 1〜5月の上昇率(3.3%)は、中国政府が今年の消費者物価上昇率の目標値として設定している3%前後をすでに超えている。ただ、物価上昇の主因は食料品価格(5月は前年同月比で11.8%の上昇)が大きく貢献したとされる。
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