1万元をはたいて修築した門の前に立つ何さん(左から2番目)

 何雲華さん(38歳)は、雲南省の鶴慶県黄坪郷新坪村の農民である。2人の子どもを持ち、両親と同居していて、隣の家には兄夫婦が住む。昨年、家の表門を1万元以上(1元は約13円)はたいて新しくし、絵が描かれたタイルを飾った立派なものにした。この貧しい山村で1万元といったら大金だ。

 何さんの庭のあちこちには、収穫したばかりのトウモロコシが干してある。家の中には、飼料用に挽いたトウモロコシの粉が積んである。庭の半分以上は、ザクロ、マンゴー、ミカン、ナシなどが植わっている果樹園だ。

山の生活

何さんが自宅の果樹園をお客さんに案内する

 山間部の黄坪郷では、重なり合う山並みの間の狭い土地に、入り乱れるようにして田畑を切り開いている。苦労して耕した形跡が見てとれ、最大限の土地利用をしているのがよくわかる。人が多く土地が少ない山村にとって、水田は非常に貴重だ。何さんの水田はたったの5ムー(1ムーは6・667アール)しかなく、残りの11・5ムーの畑は、すべて家の裏手にある老公山の傾斜地にある。

 老公山は標高1500メートルの山で、この付近では比較的低い地域といえる。農民は山の傾斜地を開墾し、トウモロコシやオオムギなどの作物を植えてきた。しかし土質や気候が、農作物を栽培するのに適さず、水やりなどの管理も困難だった。耕作は天頼みで、もし旱魃や冠水に遭えば、収穫が絶望的だった。たとえ天候が順調でも収穫は少なかった。また、傾斜地の開墾は、山の植生を壊し、水土流失を引き起こし、生態環境を悪化させたため、人々の生活はさらに苦しくなった。

請け負ったチャンチンの林で、飼育しているヤギのために草を刈る寸さん

 荒地を開き田畑を作ることは、中国では数千年も前から続けられている。「民以食為天(人間にとって食べることが一番大切)」のとおり、農業を発展させることは、歴代政府にとって様々な政策の基本であった。森林、草原、川原、湿地に関わらず、開拓して田畑が作れれば、それは国家と人民にとって大きな貢献であった。

 森林を焼き払って開墾し、作物の収穫量を増長させることによって、中国は世界の6%の耕地で世界の22%の人口を養った。これは全人類に対する素晴らしい貢献だが、それによってはらった代償は非常に大きかった。

 改革開放以降、中国の経済状況は徐々に好転し、食糧問題は1990年代後半に解決した。そうなると、政府の指導者から一般の民衆まで、多くの人が生態環境問題に注目するようになった。

キマメの栽培を請け負った農家の牟衛竜さん

 1998年、中国政府は「以糧食換生態(生態を保護したら、食糧を援助する)」を掲げ、「退耕還林(開墾してできた耕地を再び林に戻す)」プロジェクトの実施を決定した。このプロジェクトは次のような内容だった。

 「退耕還林」に該当する地域において、農民が自主的に農耕に適さない耕地を森林や草原に戻すと、政府は食糧や現金を無償で補助する。また、造林の種や苗、補助金も提供する。農民には林の所有権が与えられ、請け負った耕地と荒山荒地に植樹した後、請負期間を五十年まで延長することができる。所有権の相続や譲渡も許可され、期間が終了しても、法によって請負を継続させることできる。

「退耕還林」スタート

寸さんの一家はマツの実、クルミなど山の収穫物を市で売り、現金に換えている

 2001年、雲南省の「退耕還林」プロジェクトのテスト地区として、鶴慶県政府と林業部門は、農民たちに傾斜耕地の「退耕還林」を指導した。「たとえ収穫が少なくても大切な収入の一部であり、耕地を森林にしてしまったらどうやって暮らしていけばいいのかと、始めは賛成できませんでした」と何さんは話す。

 政府と林業部門は何さんたち農民の気持ちを尊重した。新坪村の環境や生活習慣を調査した結果、乾燥した熱い気候や土質は、キマメ、センダン、ウチワノキなどの経済林木(収益性の高い樹木)の生長に適しており、かなりの収益が期待できると判断した。キマメは、すりつぶすと栄養価値が非常に高い飼料となり、大きな需要がある。植えたその年から実がなり、1ムー当たり120から150キロの収穫量が見込め、市場価格は1キロ当たり4元になる。さらに政府は、1年に1ムー当たり150キロの食糧と現金20元の経済補助もした。

 これにより収入は増加した。「退耕還林」以前は、どんなに作柄が良くても現在の収入の半分にもならなかったのだ。

 林業部門によると、「退耕還林」の援助期間は、経済林が5年、生態林が8年。このような期限を決めているということは、5年から八年後、経済林であれ生態林であれ、適切な管理さえしていれば、一定の経済効果があるということだ。何さんの11・5ムーの耕地は、すべてにキマメが植えられた。

黒ヤギは村人たちの重要な家畜のひとつ

 「退耕還林」の植樹造林は、当地の生態に適応した在来種を選ぶよう、林業部門が特に力をいれている。できるだけ農民たちの習慣と需要に応え、生活に影響を与えず、収入が増加させられるように努力している。

 鶴慶県の西邑鎮西園村は、馬耳山(標高2500メートル)の山間部にある。住民の多くはペー族やイ族などの少数民族。山の林で草を刈っているペー族の寸春香さん(17歳)に出会った。この林は彼女の家のものだという。以前、山の傾斜地ではオオムギを栽培していた。しかし、標高が高いため、気候や土地が穀物を育てるのには適さず、労働量の割に収穫が少なかった。

 西園村の低い気温と急な傾斜、水土流失の深刻さを考慮し、当地の政府と林業部門は国家林業科学院が推薦する「林―草―畜(林の中に草を植え家畜の餌とする)」式の造林スタイルを採用した。2000年に実施された「退耕還林」プロジェクト後、寸さんの家では山の傾斜地にチャンチンの木と牧草のライ麦を植えるようになった。

 チャンチンは高木に属し、当地の在来種の樹木である。植樹の歴史は古い。材質がいいので、地元の人々はこれを建築彫刻の木材としてきた。また、チャンチンの若い芽はやわらかくて水分をたくさん含み、香りも良くて食用になる。栄養効果も高く薬用にもなる。新鮮な芽を卵と炒めたり、豆腐とあえたりすると、非常においしい。また、干したものを油で揚げても、サクサクしていておいしく、酒のつまみに最適だ。チャンチンを多年生の「木本野菜」と呼ぶ人もいるほどである。

村人はまだ、伝統的な方法で農業を営んでいる

 チャンチンは植樹2年目に芽を摘むことができる。チャンチンの芽はレストランやホテルでも需要がある。寸さんの家は2・5ムーの土地でチャンチンを栽培しており、芽を販売した収入は1年で1200元以上になるという。

 チャンチンの林の中に入ると、すくすく育つライ麦が目に入った。当地の農民たちは黒ヤギを飼育し、食用にしてきたが、かつては山で放し飼いにし、好き勝手に草を食べさせていた。しかしヤギは、地上にある植物を根こそぎ食べてしまう。そこで林業部門は、生長が速くて手がかからなく、一年に何度も刈り入れができるライ麦を導入し、無償で農民に提供してチャンチンの林に植えさせた。また、黒ヤギの放し飼いをやめさせ、家で囲って飼育させるようにした。そして刈り取ったライ麦を黒ヤギの餌にする。

 寸さんの家では60匹の黒ヤギを飼っている。囲って飼育するようになってから、ライ麦の生長状態が良くなった。毎年20匹の黒ヤギを売って、収入は2400元以上になった。

山から出る

毎年サトウキビの収穫の季節になると、農民は県営の製糖工場へ出稼ぎにくる。このような工場は当地の村人に就業機会を与えた

 かつて、何さんの一家の一人当たりの年間収入は700元から800元であったが、現在は、1400百元に増加し、生活も楽になった。米が買えるようになったため、以前は食用であったトウモロコシも、現在はほとんど飼料にしている。一番うれしいことは、今まで一番の悩みだった子どもの学費を保証できるようになったことだ。

 以前、山の傾斜地を耕作していたときは、毎日の仕事量の割に収穫量が少なかった。しかしキマメを栽培するようになってからは、最初の二年に管理と保護作業をしっかり行えば、あとの管理は手がかからない。時間に余裕ができたので、付近の道路工事現場に出稼ぎにいくようになった。出稼ぎは、苦しい生活状況を少しずつ変えてくれた。また、山の外の世界と接触することで、その変化を知ることもできた。

 何さんと同じように寸さんの家も、樹林と牧草に手がかからない。時間と労働力が余り、寸さんのお姉さんは三カ月前から家を離れ、深ロレに出稼ぎに行くようになった。寸さんも機会があれば山を離れ、外の世界を見てみたいという。

 山間部の鶴慶県にも、製糖業や金鉱業、ネギなどの農産物加工業の中小企業がたくさんできた。生産時期になると、多くの農民が出稼ぎにやって来る。先祖代々、農業に携わってきた農民の生活は、今、変化しつつある。

「退耕還林」がもたらしたもの

チャンチンの芽の揚げ物は、農家の食卓に上る郷土料理だ

 「退耕還林」プロジェクトは、1998年に始まり、現在、全国範囲で効果を上げている。農家の収入を増加させただけでなく、粗放農業という伝統的な耕作方法を改めた。これにより、多くの農村労働力は穀物生産から解放され、栽培、養殖、加工、出稼ぎや社会的なサービス業に従事するようになった。

 重慶市では、「退耕還林」プロジェクトが種苗産業を発展させ、百万以上の農民を農業から解放し、彼らに新しい増収の道を提供した。甘粛省張掖地区では、農民たちが1万5000ムーの野菜栽培のビニールハウスと900ムーの省エネの温室を造り、年生産額は20億元以上になる。張掖は中国の「西菜東運(西部の野菜を東部に運ぶ)」や輸出野菜の生産基地となった。内蒙古自治区の和林格爾県では、「退耕還林」プロジェクトの実施が砂棘(クロウメモドキの一種)加工、甘草製薬、乳製品加工、エコツーリズムなどの産業を育て、農村の生活を大きく変えた。

 「退耕還林」プロジェクトはまた、地方産業の構造調整を促した。雲南省ではここ数年の間に、ヒメコマツ、西南樺、チークなどの材木林341万ムー、ユーカリ、インドセンダン、ゴムなどの工業原料林190万ムー、クルミ、クリ、ウメなどの果樹林178万ムー、トチュウ、スイカズラ、ニッケイなどの薬用林30万ムーを造った。また、多くの場所で生態環境を考慮した「エコ産業」が始まった。環境は改善されてきており、すでに効果が現れている。雲南省の森林被覆率は五〇%に達し、全国の先頭に立っている。

 プロジェクトを実施して6年、これまでに751億元の資金を投入し、「退耕還林」及び荒山荒地での造林面積は2億8800万ムーに達した。2010年までには投資総額が1000億元を突破すると見られている。このプロジェクトが完成すると、長江上流、黄河中・上流などの地域で、傾斜地75%と砂漠化した土地46%が緑に覆われ、生態環境は著しく改善されると期待されている。



 ▽ 国連の『2000年地球生態環境の展望』によると、木材や耕地の需要で、世界の森林の35%が減少し、その中の30%が農業用地となっている。

 ▽ 中国の水土流失面積は356万平方キロ、国土の38%を占める。砂漠化した土地は262万平方キロ、国土の27%を占める。

 ▽ 長江、黄河の上・中流域では、不合理な耕作方法と森林破壊の開墾のため、毎年川に流入する土砂量が20億トンに達する。その3分の2は傾斜耕地からのもの。傾斜地の開墾は水土流失、土地の砂漠化、生態環境の絶え間ない悪化を引き起こす。

 ▽ 「退耕還林」政策の規定は次の通り。深刻な水土流失と食糧生産量が低く不安定な傾斜耕地及び砂漠化している耕地は、国家の計画によって「退耕還林」しなければならない。「退耕還林」が必要な地域は、条件さえ整えば規模を拡大し、できるだけ耕地を林に戻すべきである。生産条件が比較的よく、食糧生産量も高く、水土流失を引き起こさない耕地は、「退耕還林」を強制しない。

 ▽ 「退耕還林」プロジェクトが完成すると、水土流失の制御面積は3.4億ムー、防風・防砂面積は4億ムーに達し、長江や黄河に流入する土砂量を毎年平均2.6億トン減少できる。

黄坪郷では「退耕還林」の効果がすでに現れている

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