「グオズアン」は、楽器の伴奏がまったくなく、たくさんの人が輪になって歌いながら踊ることである。音楽性豊かな踊りと優れた歌詞ばかりではなく、歌と踊りに一定のルールがある。とくに、グオズアン踊りが終わる前には、必ず「ザシジュ(扎西巨)」という踊りを踊らなければならない。これは、神を送り、鬼を払う舞踏である。言い伝えによると、グオズアン踊りを踊ると、この世と地獄にいるすべての神霊や鬼たちがみな、それを見るためにやって来る。そして踊りが終わっても、うっとりとしてその場に留まり、去ろうとしない。このため「ザシジュ」を踊って鬼を追い払うのだ。
グオズアンの起源については、古い伝説がある。大昔、人々はまだ、舞踏とは何であるかを知らなかったし、まして疲れを癒すことができることなど知らなかった。人々は一日中、働くばかりで、まるで活気がなく、楽しいことなど少しもなかった。
ダジャド(達折多)というところに、一人の金持ちの土司(元、明、清の時代の西南少数民族の首長)がいた。彼は二人の賢い奴隷を所有していたが、一人は「シエンズ」と言い、もう一人は「グオズアン」といった。ある日、二人は連れだって出かけ、美しい湖を見つけた。
シエンズはとても喜んで、寄せては返す湖の波に合わせて踊った。すると突然、雷が鳴って、雨が降りそうになってきた。グオズアンは心の中の憤懣をぶちまけるように、むくむくと湧き上がる黒い雲に合わせて、舞い踊った。
その後、二人は、疲れ切った時や悩みごとがある時に、踊ることによって気を晴らすようになった。
ほどなくして、このことが土司に知られてしまった。彼はシエンズとグオズアンに、悩みをなくす方法を絵に描くよう命じた。土司は、絵ができ上がったら、二人を殺すつもりだった。
しかし、その計画は、土司の願い通りにはならなかった。舞踏で悩みを解消する方法は、各地に伝わってしまったからだ。
その後、人々は、シエンズとグオズアンを偲び、それぞれの舞踏を「シエンズ踊り」と「グオズアン踊り」と呼んだのである。
ギャムロン・チベット族の生活の中で、酒は独特な地位を占めている。彼らはもともと、飲酒を非常に重視してきた。チンコー酒を飲むには、工夫を凝らした酒器を使い、乾杯の祝いの言葉を述べ、祝いの歌を歌わなければならない。
チンコー酒は「チベットビール」とも言われ、チベット族の人々が最も好む酒である。アルコール度数は15〜20度。甘酸っぱい味で、飲むときは口当たりが悪くないが、後から酔いがまわってくる。
チンコー酒の製造は簡単で、まずチンコー(裸麦)をきれいに洗って煮込む。温度がちょっと冷めてから、麹を入れる。それから木樽か陶の甕に入れ、封をする。2、3日発酵させたあと、一定の比率できれいな水を入れ、1、2日で良い香りのチンコー酒ができ上がる。
チベット族の家を訪問する際、主人側はいつも、杯いっぱいのチンコー酒を飲むよう勧める。彼らの習慣では、客がまず一口を飲み、主人がまたいっぱいに注ぐと、客はまた一口飲む。これを3回、繰り返し、三度目に主人が酒を満杯にすると、客は一気にこれを飲み干さなければならない。これを「三口一杯の酒」という。
ギャムロン・チベット族の人たちにとって、酒は、人に接する際の触媒であり、もめごとを解決するには酒を飲ませ、酒で客を送迎する。農閑期には、酒を飲みながら世間話に花を咲かせ、飲んで気分が盛り上がると歌を歌ったり、互いに酒を勧めたりして、酔っ払うとやっとお開きとなる。
|