知っておくと便利 法律あれこれA     弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
相手が信用不安に陥ったら

 昨春、日本人 氏から、住宅購入をめぐる紛争についての法律相談があった。J氏と不動産公司 社との間で、分譲マンション引渡し前に、分割払いにより支払うことを定めた分譲住宅予約購入契約が締結された。契約発効後、J氏は期日通り、住宅購入代金の支払い義務を履行した。

 ところがある日、J氏は建設工事現場を見に行ったところ、同分譲マンションの建設工事が停止したことが分かった。

 調査の結果、P社は、不適切な経営により破産寸前となり、不動産建設に引き続き投下する資金がないことが判明した。J氏は、購入代金の支払を継続すると、お金をドブに捨てるのと同然だが、支払わないとP社に訴訟を提起され、違約責任を追及されるのではないか、と頭を悩ました。

 そこで弁護士として私は、その対策として、不安の抗弁権の行使により問題解決を図るよう助言した。即ち、J氏よりP社に対して、P社が重大な信用不安に陥ったことを理由に購入代金の支払いを停止し、支払い済みの購入代金の返還を求め、P社がこれに応じなければ人民法院に訴訟を起こすという対策である。

 このように、契約を締結し、しかも相手方より先に履行すべき場合に、相手方に経営状況の著しい悪化又は資産の移転、債務履行能力の喪失、又はその恐れがあることが判明したときに、先に履行すれば契約における権利の実現が難しいのではないか、履行しないと違約責任を負わされるのではないかということが心配になり、立ち往生することはよくある。この場合は、時を逸さず、不安の抗弁権を行使することが効果的な対策であると思われる。

 不安の抗弁権を行使する場合、特に次のいくつかの点に注意する必要があると考える。

 @契約を中止することは不安の抗弁権を行使する場合の必須の手続きであり、これを経ずに直接に契約を解除することは認められない。契約を中止することは、一時停止ということである。相手方が合理的期間内に、契約履行能力を回復せず、かつ適当な担保を供与しない場合に、履行を中止する当事者は契約を解除することができる。そうでなければ、違約責任を負担すべきである。

 A不安の抗弁権を行使する当事者には、立証責任がある。相手方の債務を履行する能力を喪失し、又は喪失する恐れのあることについて確実な証拠を持つことが必要であり、主観的推測では不安の抗弁権を行使することができない。

 B契約を中止するときには、相手方に通知することが必要である。通知は口頭でも書面でも認められるが、書面による方が望ましい。

 C契約を中止するときには、相手方に契約履行能力を回復し、又は適当な担保を供与するための合理的期間、即ち猶予を与えることが求められるが、このような合理的期間がどれくらい長いかについては法律上規定がない。このため、個々のケースの具体的事情によることになるが、長くとも三十日間を超えない期間を定めたほうが適切であるとする見解が有力である。

豆知識
 不安の抗弁権は、先に債務を履行する当事者は、後に債務を履行する当事者が履行する前に、又は担保を提供する前に、先に履行することを拒絶する権利である。

 中国の契約法第六十八条は、「先に債務を履行すべき当事者は相手方に以下の事由のいずれかがあることを証明する確実な証拠を有する場合、履行を中止することができる」と定めている。その事由とは(a)経営状況の著しい悪化(b)財産の移転、資金の引き出し・隠匿により債務を免れようとする場合(c)商業上の信用を失った場合(d)債務を履行する能力を喪失し又は喪失する恐れのあるその他の事由が存在する場合――である。

 


 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
 中国弁護士。毅石律師事務所北京分所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

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