文・写真/須藤みか
 
 
「情人節」のある愛の詩
 
 
 
浦東をのぞむ黄浦公園で語らう恋人たち

 3年前の2月。時はバレンタインデー直前だった。

 「女性からプレゼントされるなんて、初めてだよ〜」

 中国人の男性に感激されてしまって、たじろいだ。ずっと年下の友人なのだが、異国暮らしの私を何かと助けてくれる気のいい青年である。当時、彼は26歳。もちろん恋人もいて、「可愛いでしょう、僕の彼女」と紹介された。私がいる前でも二人の手は一時も離れることないラブラブモードだった。

花束を贈るのは今や常識!?

人気スポット「新天地」はデートスポット

 ちょうどバレンタインデー商戦真っ只中に一時帰国、日頃のお礼の意味もあってキレイにラッピングされたチョコレートを買ってみた。

 「日本ではね、バレンタインデーには女性が男性にチョコレートをあげるのよ。恋人にはもちろん渡すのだけれど、普段お世話になっている人にもプレゼントしたりするの」

 「へぇ、日本の女性は優しいんだね」

 誤解のないようにしっかり説明をして渡すと、いたく感激されてしまったのだ。義理チョコクラスの5、600円のものなのに。

 中国語でバレンタインデーは、「情人節(恋人の日)」。日本のように義理でチョコレートを渡すなんていう不思議な習慣はないので、本命のみにプレゼントをする。最近は日本の習慣が上海にも紹介されて、女性が男性にチョコレートを贈ったりすることもあるようだけれど、もっぱら贈るのは男性から女性へ。香水やアクセサリーなどを贈る個性派もいるが、プレゼントの定番はバラの花束だ。恋人がいる若者の半分は「贈る」と答えたというデータもある。

永遠の愛を誓って99本のバラを

恋人たちがあこがれる婚礼写真館

 2月14日当日、街頭には学生と思しきアルバイトの花売娘も現れて、うっかり忘れたなんていう男性の言い訳は通用しそうにない雰囲気なのだ。

 直接手渡しするのもいいけれど、勤務時間中に会社へ大きな花束が届けられるのも、女性にとってはステイタス。同僚の視線を釘付けにする花束は大きければ大きいほど、上海女性たちのココロをくすぐる。

 ともなれば、当然のごとく、この時期のバラの値段は五倍にも10倍にも跳ね上がる。永遠の愛を誓うという意味で99本の花束を贈ろうとすると、市民の平均月収を超えてしまうほど高額だ。痛い出費ではあるけれど、くだんの彼も3年前、バレンタインデーには熱烈な愛の言葉を書いたカードを添えて、9本のバラを贈った。

 「こんな習慣は、最近始まったこと。昔はなかったはずだよね。でも、贈らなければ彼女から『私のことを好きじゃないの?』と言われそうで」

 東北生まれの彼は、中国のなかでは亭主関白派に属するのだが、上海近郊出身で松浦亜弥似の可愛いけれど強気な彼女にかかるともうお手上げで、すっかり尻に敷かれていた。

 誕生日だ、バレンタインデーだ、クリスマスだ、と言ってはプレゼントを彼女に贈ってきたが、彼自身は何ももらったことはなく、誕生日に軽く食事をご馳走してもらっただけだとか。そんなわけで、私の義理チョコが値段以上の効果を発揮したのだ。

 「男は家くらい持っていないと、結婚も難しいんだ。俺なんかまだまだ無理」と、いつもため息をついていた彼。地方出身者であるが故にそう貯金ができるはずもなく、マイホームは夢のまた夢だった。デートでもそう贅沢できない彼に愛想をつかしたのか、強気の彼女はあっという間に去って行った。取り残された彼は恋人探しサイトを見ては、好みの女の子へアタックするのだが、玉砕ばかり。年々賑やかになるバレンタインデーを二度、寂しく過ごした。

目抜き通り・淮海路の花屋。バレンタインデーは一年で最高のかきいれ時

 そんな彼だが昨年、今の妻を友人から紹介されて、めでたく結婚。南方の出身の妻はどちらかと言うと地味で目立たないタイプだが、大学講師だけに知性が光る。派手な結婚披露宴も求めない堅実なタイプで、彼自身も上海の若者の都会的な暮らしに背伸びして合わせる必要もなくなった。

 今年のバレンタインデーには心をこめて、彼はバラの花束を妻に贈るはずだ。

 

 
 

  すどうみか 復旦大学新聞学院修士課程修了。フリーランスライター。近著に、上海で働くさまざまな年代、職業の日本人十八人を描いた『上海で働く』(めこん刊)がある。  
     


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