人はさまざまな法的権利を有しているが、その使い方や使うタイミング、使う場所を間違えると、自分の法的権利を効果的に守るどころか、かえって失敗する場合もある。私は弁護士として、こうしたケースにたびたび遭遇した。
某外資系企業の部長である鄭氏は、ある日の飲み会で飲みすぎ、酔っ払ったまま、女性アシスタントの李さんにホテルまで送ってもらって「休憩」した。翌朝、目を覚ますと、なんと李さんと同じベッドで寝ていたのである。驚いた鄭氏は、慌ててホテルから逃げだした。
一カ月後、李さんが二人の兄を連れて鄭氏を訪ねて来た。すでにお腹に鄭氏の子を孕んでいるから、結婚してほしい、結婚してくれないなら強姦罪で告訴する、と言うのである。
鄭氏はやむを得ず、李さんと結婚した。しかし、結婚して半年も経たないのに、李さんは出産した。鄭氏は、生まれた子どもは自分の子ではなく、ホテルでの一夜は李さんが仕掛けた罠ではないかと疑った。そして鄭氏は、離婚判決を求めて人民法院に訴えた。
ところが、裁判では、新婚直後で夫婦関係が破綻していないことに加えて、李さんは哺乳期中であるということを理由に、鄭氏の離婚請求は棄却された。
中国の婚姻法では、脅迫により結婚した場合は、脅迫を受けた一方は、婚姻登録機関又は人民法院に対して、婚姻の取消しを請求することができるとされている。
だから、本来、鄭氏は、離婚請求権ではなく、婚姻登録機関又は人民法院に対して婚姻関係の取消しを求める婚姻取消し権を行使しなければならなかったのだ。しかし、権利行使を間違えたため敗訴してしまった。
こうした請求権の競合は、普段の生活やビジネスにおいてもよく起こることである。このうち、契約違反、即ち債務不履行に基づく損害賠償請求権と、不法行為に基づく損害賠償請求権とが競合するケースがもっとも多い。例えば、レストランでの食事や病院の治療、運送サービス提供時などの際に起こった人身傷害などの場合である。
自分の合法的な権益を保護するには、人身・財産傷害賠償を主張するとともに、精神的損害賠償、即ち慰謝料の支払いを請求するのが最も望ましい方法である。しかし、競合請求権択一行使の法律規定及び法理論により、請求権が競合する場合、二つの請求権を同時に行使することはこれまでの実務においてほとんど認められていない。
しかも、契約上の責任に基づく損害賠償を請求する場合は、契約の不履行又は不完全履行による損害についてのみ賠償を請求でき、その精神的損害については、損害賠償を請求することができない。これに対して、慰謝料の請求は、相手方の違約ではなく、不法行為に基づいて行われる。この場合、当事者は自分に有利な請求権を選んで行使することになる。
しかし、請求権の競合を知らない人が多い。たとえ知っていたとしても、どの請求権を行使すればよいか、難しい選択を迫られる。そこで、こうした矛盾を克服するには、違約に基づく慰謝料請求を認める制度を導入すべきだという声がある。
ところが、このようなルールを知らずに、違約に基づく慰謝料請求権を行使したところ、意外にも人民法院で認められたケースがいる。
このケースは、唐山市郵便局の職員、王青雲さんで、唐山大地震で亡くなった両親の唯一の写真を、長年、心血を注ぐ努力のすえ、やっと見つけ、写真屋に現像を依頼したところ、写真屋がその大事な写真を紛失してしまった。王さんは、写真屋の違約により多大な精神的苦痛を受けたとして、慰謝料10万元の支払いを求めて訴訟を起こした。
人民法院は写真屋に対して、損害賠償及び慰謝料8000元の支払いを命じる判決を下した。その判決によって、違約に基づく精神的損害賠償請求制度の確立へ光明が見えてきたと、私は評価している。
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