知っておくと便利 法律あれこれC     弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
「中止」に
潜むリスクにご用心

 「中止」という言葉を正しく中国語に訳すことができる人は、意外に少ない。しかし契約書などの法律文書で、「中止」を誤訳すると、契約紛争などのトラブルが生じたとき、大変不利益になる大きなリスクがあることを知らない人が少なからずいる。

 なぜ、「中止」にリスクが潜むのだろうか。その原因は、中国語と日本語では、「中止」の意味に違いがあるためと思われる。

 日本語の「中止」は、「途中でやめる」という意味しかない。これに対して中国語は、「途中でやめ、それ以上遂行(履行)しない」という意味のほかに、「一時停止する」という意味もある。

 だから「契約を終了する」という文言について、日系企業の法務部の担当者や日本人の弁護士は、往々にして「契約を中止する」と書く。ところが多くの翻訳者は、「契約を中止する」を中国語に訳すとき、「終止合同」ではなく、そのまま「中止合同」と訳す(合同は契約のこと)。

 しかしこう訳したことによって、後日、「中止」の意味は「途中でやめ、これ以上遂行(履行)しない」という意味か、それとも「一時停止」の意味かをめぐって、当事者間の見解が激しく対立することが起こる場合がある。つまり「中止」という言葉には、リスクが潜んでいるのだ。

 このように、漢字が同じで、意味もほぼ同じと思われる言葉でも、適正に訳さないと契約紛争などのトラブルが発生するおそれがある。これは日本と中国の企業間に限ったことではない。中国企業同士でも「中止」をめぐって争うケースがある。

 個人経営者の陳さん(原告)は、1999年以前、すでに長期にわたり泉州市某公司(被告)の沈殿物回収業務を請け負っていた。1999年1月28日に、両当事者は、契約期間四年、年間請負金十万元とする沈殿物回収業務請負契約(以下「請負契約」という)を締結した。

 だが、請負契約締結の二年半後の2001年7月に、被告は請負契約を解除し、回収業務を他の人に委託した。そこで、原告は人民法院に訴えを起した。

 これに対して、被告は、請負契約により原告が毎年請負金として10万元を被告に支払う必要があり、さらに原告が期日通り請負金支払い義務を履行せず、違約があったため、被告は請負契約を解除する権利を有すると主張した。

 被告の主張した「請負契約を解除する権利を有する」とは、両者の間で締結された補充協議書で、原告が期日通り請負金を支払わない場合に、被告は請負契約を中止する権利を有すると定めたことをいう。そこで、原告は、同規定のうちの「中止」という用語は請負契約の履行を「一時停止する」意味であると主張した。これに対し被告は、「途中でやめ、これ以上履行しない」と理解すべきであると主張。

 一審の人民法院では、原告が被告に対して期日通り請負金を支払わなかったため、違約に該当し、両当事者の補充協議書の規定により被告に請負契約を中止する権利があるとした。

 しかし、原告が未払い請負金を適時に追納し、2001年上半期の請負金も支払おうとしたため、違約状態が解消されたと認定。また被告が追納された金額を受領した行為は、原契約の継続履行を承諾したものと見なすべきであり、その後、勝手に請負契約を解除した行為には法律上の根拠がなく、無効なものであるとし、両当事者は請負契約を引き続き履行しなければならないと、原告の主張を容認する判決を下した。

 二審の人民法院は、補充協議書にいう「中止」は二つの意味のどちらにも取れるが、紛争事件の全体的流れ及び補充協議書の文脈からやはり「途中でやめ、これ以上履行しない」と理解すべきであるとした。

 従って、原告が期日通り請負金支払義務を履行せず、違約があった場合、被告は請負契約を解除する権利を有すると判示し、また、原告が同協議書に定めた期間が満了した後、支払いを実行したものの、未払金を期限以内に支払わなかったという違約はそれにより解消されないとして、原告の請求を棄却したのである。

 


 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
 中国弁護士。毅石律師事務所北京分所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

  本社:中国北京西城区車公荘大街3号
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