文・写真/須藤みか
 
清明節に春を想う
 
 
 

 春節が終わってもまだ、肌に突き刺すような風の吹く日は幾日も続く。コートの襟を立てて、早足で歩を進めていたら、ふと白い看板が目に飛び込んできた。葬儀場近くなどにある墓苑販売所や葬儀関連品を扱う店の前に現れることの多い看板や張り紙だ。

 あー、春はもうすぐだ――。そう思うと、寒さの中で頬がゆるんできた。

墓参りには通行証

火葬場には、墓苑販売所が何軒も連なる
 
墓苑の値段も高騰中

 看板は、清明節のバスチケットの売り出しを告知するもの。中国では新暦の4月4〜6日(今年は5日)を清明節と呼び、その前後に「掃墓(先祖の墓を参る)」をする。また古来より、春を迎えて、家族で郊外に散策に行く習慣もあって、「踏青」という。上海家庭の多くが近郊の蘇州市などに墓を持つため、例年交通機関は大混雑する。当日は平日ということもあって、2、3週間くらい前倒しした週末分のチケットも売られる。

 お墓参りは少し前まで列車かバスで行くものと決まっていたが、最近はマイカーブームを受けて、車で出かける人も増える一方だ。大渋滞を緩和するために、当局は数年前から専用の通行証を発行。事前に通行証を入手しないと、郊外へ出ることもできない。

春節を過ぎると墓参りのバスチケットが売り出される

 春節や中秋節と並んで中国人が大切にするこの伝統行事にも、通行証と同様に時代の変化が見られる。忙しくてお墓参りもままならない人たち向けに、ネット上に専門サイトが誕生。日本にもありますよね。故人のパーソナルデータを入力しメモリアルパークを設立してしまえば、好きな時に故人を偲べるというもの。それもコンピューターからだけでなく、携帯電話からもアクセスできるので、いつでもどこでもOKだ。

 形が変わっても、先祖を想い、伝統を重んじる中国人の気持ちはむかしもいまも同じ。祖父母の墓を参ったのはいつだったか。それさえも分からない自分のことを振り返れば、ただただ頭が下がる。

バーチャル霊前にはランキングが

碧螺春の新茶が出回り始めれば、春本番

 上海市郊外の墓苑が運営する墓参りサイトをのぞいてみた。2001年に始まったこのサイトは昨年の清明節時点で、アクセスは180万件を超え、メモリアルパークも約250を数えるという。

 お墓を清めたり献花ができるだけでなく、歌、線香、蝋燭、酒を霊前に供えることができる。幼くして亡くなった少年のBBS(電子掲示板)には、クリスマスにはケーキ、好物だったと思われるホットドッグの写真や童話の挿絵などと一緒に、親族からメッセージが途切れることなく寄せられていた。

 一般個人のものだけでなく、警察官や皆に知られた労働模範者、女優の阮玲玉や学者であり政治家でもある章士艪ネど有名人を集めた専門パークもある。

 バーチャルらしく、お参りする人の数をカウントしたランキングもあった。亡くなっても競争にさらされているのかと思うと、あの世でもおちおちゆっくり眠っていられなさそうで、ちょっと気の毒。

明前茶と青団は春の口福

友人の眠る上海郊外の墓苑からは、F1会場がのぞめる

 口にするものも、春を感じさせるものが出てくる。「青団」と呼ばれる餡の入ったヨモギ色のお餅も、そのひとつ。

 南京路にある有名店の前には清明節前後、長蛇の行列ができる。お行儀は悪いが頬張りながら歩けば、春を感じて気持ちもはずむ。ただ、昔はヨモギしか使われていなかったようだが、最近は残念ながら着色料でごまかすものも多くなってきた。

 お餅と来れば、やっぱりお茶。清明節の前に摘まれる緑茶は、「明前茶」と言われ最高級のものだ。

 なかでも、乾隆帝がことのほか好んだと伝えられる杭州西湖周辺でとれる「龍井茶」や、蘇州太湖の洞庭に産する「洞庭碧螺春」の明前茶がかぐわしくて好まれる。

 明前茶が街に出回れば、上海の春も本番となる。

 

 
 

  すどうみか 復旦大学新聞学院修士課程修了。フリーランスライター。近著に、上海で働くさまざまな年代、職業の日本人十八人を描いた『上海で働く』(めこん刊)がある。  
     


  本社:中国北京西城区車公荘大街3号
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