筆者の隣人に、タクシーの女性運転手がいる。夫婦ともかつて湖南省某小学校の教師をしていたが、仕事をやめて、工場を経営していた。
ある日、夫は北京に移住したいと言い、40日もかけて北京の百件以上の不動産物件を実地調査した。その結果、現在住んでいるマンションの購入を決めた。
不動産を購入する前の実地調査は、北京人に代表される北方の人の場合、平均5〜10件だが、上海人に代表される南方の人の場合は平均十から20件であるという。私の隣人の場合は、この平均実地調査件数を大幅に超えていて、その慎重さと粘り強さに感心させられた。
しかし、実地調査には熱心だが、不動産会社が提示する住宅売買契約書に関しては十分に吟味し、検討してからサインする人は少ない。とくに、素人にとっては一見、たいしたことのないように見える文言が、実は大変重要であることも多い。一つの文言の有無によって、重大な不利益を生じることが、裁判になってから初めて分かるのだ。
こんなケースもある。
最近、中国の大都市には、「爛尾楼」と呼ばれる未完成のビルがかなりある。資金が続かなくなったりして、建設が途中で中止されたビルである。昨年、上海市民の朱さんら八人は、この「爛尾楼」を改造したマンションを、それぞれ百万元で購入した。だが、入居しようとして点検した結果、なんと台所に排煙口がないことが判明した。
驚いた朱さんらは、売主と交渉したが、物別れに終わり、朱さんら八人はそれぞれ十万元の損害賠償の支払いを求める訴訟を上海市静安区人民法院に起こした。
しかし、訴訟を受理した人民法院は、朱さんらの請求を棄却した。その理由は、「等」の解釈にあった。
「被告(売主)は契約締結時に関係状況を開示し、かつ売買契約書の補充条項に盛り込んだ。その補充条項では、物件は日当たり、部屋の向き、風通し等の点において、通常の住宅設計基準を満たさない旨規定している。この『等』は、排煙口が設置できないことを含む通常の住宅設計基準を満たさないすべての事項をカバーすると認めるべきである。従って、被告に違約がない」というのが請求棄却の理由であった。
原告側としては、もともとビジネスビルを改造したマンションなので、通常の住宅設計基準を満たさないところがあるのは当然であると思ったが、台所に不可欠な排煙口がないとは思ってもみなかった。そこ
ナ、物件は日当たり、部屋の向き、風通し等の点において通常の住宅設計基準を満たさないという補充条項の盛り込みに同意したのだが、「等」の中に排煙口がないことまで含まれているとは考えなかったのである。
だから、欠陥商品を購入するときは、売買契約書の補充条項にその欠陥事項を限定し、「等」のような文言を極力使わないように工夫することが必要である。
それと同じようなことは、昨年、北京でも起こった。昨年12月、北京市のある区の人民法院が審理した住宅売買紛争事件である。
住宅を買った原告が、入居した後、一年以上経っても、ディベロッパーが契約書の定めた期限通りには家屋所有権登記手続きをしなかった。これを不満として原告は、最高人民法院の関係司法解釈と関係法令により、中国人民銀行の規定した金融機関の遅延利息計算基準に照らして、遅延一日につき住宅購入代金総額の一万分の三相当額を支払うよう請求した。
一審で原告は勝訴した。しかし、その違約金の金額については、わずか96元3角しか認められなかった。これは事実上、ディベロッパーの勝利である。
人民法院は、契約書が「売渡人側の原因で、所定の期限以内に家屋所有権証書を取得できない場合であって、買受人が住宅を返品しない場合、登記手続きを契約書の定めた期限通り行わないときは、売渡人は支払済みの購入代金総額の一万分の三相当額を違約金として支払うものとする」と定めていることを指摘し、「遅延一日につき」という文言がないことを理由に、違約金の金額を支払い済みの代金総額の一万分の三相当額、即ち九十六元三角を支払うよう命じたのだった。
「遅延一日につき」という文言がないと、一日遅延しても十年遅延しても、違約金額は同じになる。原告はディベロッパーが仕掛けた落とし穴にはまったのである。
住宅の購入は、生涯に一度ともいえる大きな投資である。それが失敗しないようにするには、契約を十分理解し、検討してから締結しなければならない。そうしないとひどい目に会うことがある、というのが、この事件の教訓である。
|