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張春侠=文 劉世昭=写真 |
中国の出版事情は、日本とはまったく違う。 長い間、中国では、本を出版し、販売できるのは、国の許可を得た国有の出版社や国有の書店だけだった。 しかし、改革・開放がはじまり、計画経済から市場経済へ向かい始めると、「本の世界」に変化が起こり始めた。民営の書店がゆるされ、販売での競争が始まった。さらに中国が世界貿易機関(WTO)に加盟すると、外資にも小売りと取次ぎ(卸売り)の分野が次々に開放された。 本の出版そのものにも、変化が始まった。「工作室」と呼ばれる民営の編集プロダクションが、国有出版社と組んで企画から編集、デザインまで、大きな力を発揮するようになった。 民営と外資の参入によって衝撃を受けた国有の出版社や書店も、自己改革の歩みを速めている。いまや中国の「本の世界」は、国有、民営、外資が激突する舞台となった。 競争が激しくなった結果、本の種類は飛躍的に増え、美しく、魅力的な書籍や雑誌が、書店やキオスクに並ぶようになった。 なにせ、中国の図書は、年間売上げが700億元(約9100億円)を超す大市場である。これからこの大市場はどうなって行くのだろうか。様変わりした中国の出版事情を報告する。
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中国の書籍販売業は、他の業界に比べ、だいたい10年、改革が遅れ、対外開放はなかなか行われてこなかった。しかし、外資は終始、人口13億の中国市場への上陸をあきらめなかった。そして書籍販売市場が少しずつ開放されるのにともなって、外資は手ぐすねを引いて中国市場に参入しようとしている。 本の世界が外資で変わった
朝八時は出勤のピーク。職場へ急ぐ人の波の中で、流行の服を着た若い女性が、張さんの経営するキオスクの前で立ち止まり、一冊の『瑞麗服飾美容』を買った。 張さんのキオスクは、北京の地下鉄「西直門」駅の近くにある。そこは交通の要衝で、乗降客はかなり多い。「毎朝、雑誌は数冊、必ず売れます。特に『瑞麗』がよく売れます。きれいだし、地下鉄の中で閑をつぶすのにも良いからでしょう」と張さんは満足そうに言った。 いま、北京の街にキオスクはたくさんあるが、ほとんど例外なくといってもいいほど、どこも『瑞麗』を一番目立つ所に置いている。 『瑞麗服飾美容』は1995年9月に創刊された。当時、改革・開放が進む中で、中国の大都市では、国際企業の文化に影響を受けたOLたちの集団が形成され始めた。彼女たちの生活と仕事の様子は、多くの女性の目標となったが、実際にそれを指導するものはなかった。
そこで、中国軽工業出版社は、市場の需要に応じ、計画を練りに練って、インテリ女性むけの雑誌『瑞麗』の発行を決めた。当時、日本は、服装やアクセサリーのコーディネートの面で、すでにかなり進んでいたし、この面の出版物も完成されたものが出ていた。そのうえ日本人は、皮膚の色や体つき、文化や美意識などの多くの面で、中国の女性と近い。『瑞麗』は日本の「主婦の友」社の『 R a y』と写真と文章を主とした版権貿易を始めた。 『瑞麗』のモットーは「美しく、生活を設計すること」である。創刊したばかりのころ、『瑞麗』は編集理念を「実用と流行」と定めた。『瑞麗』は、中国の女性に、写真や文章で「美」を伝えて、都市の女性の麗しい生活空間を作り出し、中国の読者に、さまざまなアクセサリーのコーディネートや美容のやり方を提供したので、女性読者から歓迎された。
年齢や職業が違えば、美や若さに対する理解が違う。それを考慮して『瑞麗』は、「女性の生命の各段階に合わせて」という理念で雑誌をつくった。生活状態や年齢によって目標とする読者を細かく分けるという戦略を、中国国内で真っ先に始めたのである。1995年から2001年の間に、相次いで『瑞麗服飾美容』『瑞麗可愛先鋒』『瑞麗伊人風尚』『瑞麗家居設計』の四種の出版物を発行した。 『瑞麗』シリーズは中国の国情を十分考えて、女性に美を提供し、生活の自己設計を提案することを任務と考えた。そして美しい人生や幸福な生活を求めるすべての女性の願望を満足させるだけでなく、生活設計を進めるファッション雑誌としての機能を発揮した。 調査したところ、読者は日本のモデルは好きだが、日本のデザインは好きでないことがわかった。そこで『瑞麗』は、この雑誌独自の風格に合わせるため、日本に行って撮影することにした。日本でカメラマンとモデル、服装コーディネーターを雇った。こうして『瑞麗』の表紙の写真は、もとはすべて日本から買っていたが、いまは3分の二を自前で撮影するまでになった。現在、導入した版権を使っているページは30〜40%に過ぎない。『瑞麗可愛先鋒』と『瑞麗家居設計』は、日本の内容がすでにきわめて少なくなり、基本的に独自につくり上げている。
日本との合作は、版権の取引だけではない。日本の進んだ経営理念を学ぶために、『瑞麗』では毎年1、2回、業務研修が行われ、日本に人を派遣したり、日本から専門家を招いて講義を受けたりしている。同時に、『瑞麗』は常に人を日本に派遣して市場調査を行い、日本の最新の流行を読者に伝えている。 中国軽工業出版社の趙済清社長はこう言っている。 「私たちの目標は、導入し、消化し、吸収して、中国の『瑞麗』をつくり、民族を代表する大きなブランドに育てるよう努力しています」 現在、『瑞麗服飾美容』と『瑞麗伊人風尚』の発行部数は、中国のファッション雑誌のトップ。この基礎の上に、『瑞麗』はさらに多角経営を始めている。「瑞麗女性ウェブステーション」「瑞麗BOOK」の創設、携帯電話業務、さらにテレビの世界にも進出する準備をしている。
さらに「モデル紹介公司」を設立し、モデルの養成を行っている。また毎年1回、表紙モデルのコンテストを挙行している。2004年に行われた「メンソレータム瑞麗第2回表紙の女性モデルコンテスト」には一万人以上が参加した。 しかし、すべてが『瑞麗』のように順調に発展してきたわけではない。中国の出版改革は、多くの曲折を経てきた。例えば2000年第一期の『世界時装之苑』で、表紙が二つあるという事態が起こった。 当時、表紙に外国の出版物である『ELLE』という字句を使うことは許されなかった。印刷してしまった後、これを知った発行者はやむなく、『ELLE』の字のないカバーを急いで印刷し、このカバーを表紙に被せてやっと、雑誌を市場に出すことができたのだった。 目下、『瑞麗』は、海外の十余りの出版社と長期の安定した版権貿易のパートナーとなっている。出版に関連する産業領域がさらに開放されるのにつれて、中国の出版業の対外交流と合作は、日増しに盛んになってきた。ある統計によると、1995年から2003年の間に、中国が海外から導入した図書の版権は5万8077件に達した。
中国の版権導入の巨大マーケットに引き寄せられるように、多くの外国の出版機構がやって来た。2002年には、英国の三大版権代理機構の一つであるアンドリュー・ナーンバーグが正式に北京に代表事務所を登録した。2003年には、韓国最大の版権代理機構の信元も、北京に事務所を開設した。2004年4月には、日本の三菱と『主婦の友』が共同出資した「創光信息技術公司」が上海に設立された。 大量の版権を導入するとともに、国内の一部の書籍と雑誌が、版権貿易で、国外で出版・販売されている。商務印書館国際有限公司が2000年に売り出した『漢英双解新華字典』の版権は、すでにシンガポール、米国、英国、フランス、ドイツ、カナダなどの出版社に買われた。広州出版社が出版した『ケ小平論什麼是社会主義』(邦訳『ケ小平は語る』)という本は、その版権が日本のある出版社に譲渡され、日本で20万冊、出版・販売された。 「オオカミ」は本当にやって来た
日増しに盛んになる版権貿易や出版の合作に比べ、中国の図書流通市場における外資の活動は、いくぶん人々を失望させた。WTO加盟の前、長い間、人々は「オオカミがやって来る」と心配したが、加盟後、外資が中国の図書の小売市場へ参入するペースは、想像していたほど速くはなかった。 現在、中国の小売市場に入ってきた純粋の外資は二十数社にすぎない。さらに多くが香港や台湾から参入してきたが、主として南京、廈門、広東などに集中していて、規模も比較的小さく、中国の国有書店も民営書店もなんら圧力や脅威を感ずることはなかった。 しかし1997年には早くも、世界最大の出版企業であるベルテルスマンが、中国に「書友会」を設立した。だが、国の政策で外資の参入許可は制限されているため、書友会は今のところ、上海の六カ所の会員センターを通じて、上海、北京、広州などの七カ所の主要都市で、代金と引き換えに品物を届ける方式のサービスを行っているにすぎない。ベルテルスマンの中国での発展は、ずっと「書友会」とネット販売の二つの分野に限られていた。 しかし2003年5月、中国は外資に、書籍、新聞、雑誌の小売権を開放した。ベルテルスマンは直ちに、新聞出版総署に申請書を提出した。その年末、ベルテルスマンは正式に、「北京21世紀錦繍図書チェーン有限公司」に資本を投入し、中国の図書小売市場への外資参入の第一歩を踏み出した。ベルテルスマン直属グループ中国地区のクリスチャン・アンガー総裁は、率直にこう述べている。 「中国のメディア市場の開放にともなって、ベルテルスマンのその他のグループも、適当な時期に中国に参入してくるに違いない」
2004年12月、書籍、新聞、雑誌の取次ぎ市場が全面的に外資に開放された。2005年初め、香港最大の出版・小売機構の香港聯合出版集団が3000万元を投資して、「広東聯合図書有限公司」を設立した。 中国がWTOに加盟したときの約束に基づいて、2006年に中国は、図書の販売権を完全に開放する。遠からぬ将来、人々はたぶん、英国のロングマン・パーズングループや米国のマグロウ・ヒル、日本の白楊舎、ケンブリッジ大学出版社などの外資のスーパー書店で本を買うことになるだろう。そして伝統的な新華書店か民営書店かどちらかを選んで本を買うしかないということは、もうなくなる。 |
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