初めて陳ブンさんに会ったのは、陝西省延安の楊家嶺革命根拠地を参観したときだった。ガイドである陳さんは、生粋の陝北(陝西省北部)なまりで、参観者のために数十年前に延安ではやった陝北民謡を歌ってくれた。その美しい容姿、生き生きとしたまなざし、輝くような笑い顔は、一人ひとりの参観者を魅了した。
22歳の陳さんは、延安生まれ。母親は延安の人、父親の本籍は天津である。1950〜60年代、陳さんの祖父が西北支援の幹部として延安にやってきて、この地に落ち着いたのだという。
革命根拠地のガイドになってから、まだ「新米」の域を出ないが、この仕事が大好きだという。彼女いわく、ガイドは自分の性にあっている。「同僚たちは、私のことを『人来瘋』(来客があると、子どものようにはしゃぐ性質)だというんです。参観者が多いほどうれしくなって、ますますファイトがわくのです」
小さいころから演ずることが大好きで、歌も踊りも好きだった。中学に上がったときに、陝西歌舞団が学生を募集するため、中学校へとやってきた。陳さんは歌舞団に選ばれたものの、女の子が飛んだり跳ねたりする芸能関係の仕事をするのを父親が好ましく思わなかったので、歌舞団への入団をやむなくあきらめたのだ。
ガイドの仕事に、彼女は夢中になっている。なぜなら、それは彼女の表現する才能が発揮できるばかりでなく、小さいころからあこがれていた軍装を着ることができるからだ(軍装は延安革命根拠地のガイドのユニホームで、中共中央軍事委員会が特別許可した正規のものだ)。
延安では、ガイドの仕事が女の子たちのあこがれの的だ。じっさいにガイドの仕事は難しい。文化知識や標準語、表現能力などの多数の試験に受からなければならないばかりか、平時の仕事もとてもつらい。雨が降っても風が吹いても、参観者の求めがあれば山に登り、説明しなければならないのである。
それでも、陳さんはこう語る。「この仕事が好きなので、疲れを感じないのです」 (写真=馮進 文=侯若虹)
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