名作のセリフで学ぶ中国語R

 

見知らぬ女からの手紙
(一個陌生女人的来信)
 
監督・出演 徐静蕾(シュー・ジンレイ)
2004年 中国 約90分
2004年第17回東京国際映画祭出品作品
2004年第52回サン・セバスチャン映画祭
最優秀監督賞受賞

 


あらすじ

 1930年代の北京。小学校教師の母親とひっそりと暮らす少女は同じ四合院の奥の部屋に引っ越してきた作家にほのかな慕情を抱く。たくさんの本と上質の家具、出入りするさまざまな女たち。作家は少女にとって文化と大人の世界の象徴だった。だが、やがて母親が山東に後妻に行くことになり、少女は作家に別れを告げることも出来ずに、北京を去っていく。

 数年後、北京の女子師範に合格した少女はかつて暮らした四合院の向かいに部屋を借りて作家の様子をうかがいながら暮らし始める。反日デモに参加した娘は偶然作家に助けられ、作家と一夜を共にする。だが、何も知らない作家にとって娘は数多くいる女たちの1人に過ぎず、やがて忘れ去られていく。娘のお腹には彼の命が宿っていた。

 戦火を逃れながら、地方で子供を産んだ女が日本との戦争の終わった北京に戻った時は高級娼婦となっていた。またしても偶然社交場で出会った作家に誘われるまま共に夜を過ごす女。しかし、女の淡い期待を裏切り、男は女が数年前交情のあった相手であることすら覚えていない。やがて、作家に一通の手紙が届く。それは病で幼い息子を亡くし、自分もまた先の長くないことを知った女からの、すべてを告げる手紙だった。

解説

 原作はツヴァイクの短編小説で、50年代にジョーン・フォンティーン主演でハリウッドで映画化されている。徐静蕾はこの原作に惚れこみ、監督第2作目に選び、舞台を20世紀初頭のウィーンから30年代から40年代の北京に置き換えて翻案、プロデューサー、監督、主演をこなした。他人の監督作品でこれまで彼女自身が演じてきた清純派のヒロインとはまったく違う女性を演じて見せた。

 演じ甲斐のある役に渇望していたのだろうなあということが本当によく分かる熱演で、ことに商売女となってからの絶望と悲しみと荒みを見事に演じきっている。監督デビュー作が若い女優の初監督作とは思えない出来だったので、本当に彼女が監督しているのかと勘ぐる向きもあったようだが、今回の作品を真冬の北京で撮影中の現場を訪れたところ、実に堂々たる監督ぶりだった。監督としても力があるのは間違いない。

 ただ、1作目と2作目を見比べると、私は1作目のほうがより彼女の個性が出ていて面白かったように思う。今回は1作目に比べて製作費もかなり潤沢であったろうし、主演に姜文、撮影監督には台湾の李屏濱を迎えるなど、前作よりクオリティーの高い作品に仕上がっているのだが、別に彼女でなくてもという気がしないでもない。

 現代を生きる若い女性の本音を吐露したような第1作『私とパパ』には荒削りだけれども、むしろ監督としての可能性を感じたし、今回は非常に上手くて隙のない分、あまり個性のない作品に仕上がってしまったという感が拭えない。もっとも第3作はまたまったく違う作品ということだから、今度こそ彼女の真骨頂が期待できるかもしれない。いずれにしても、いま最も創作意欲旺盛な現役女性監督となったことだけは確かだ。

 後朝の別れ、そしてこれが最後となる2人が交わした台詞。






見どころ

 少女と作家が住む四合院は、中央戯劇学院のすぐ後ろにある黒芝麻胡同で撮影していた。開発の進む北京で完璧に残された胡同を探すのは本当に難しいとかで、昔の北京を描いた作品はますます撮りにくくなっているそうだ。この映画の時代の北京は老舎が『四世同堂』や『離婚』『駱駝の祥子』などで描いてきた北京であり、80年代に次々に映像化され、当時中国語を勉強中だった私には個人的にも懐かしい作品群である。

 今回も冒頭の郵便局で黄色い封書を仕分けするシーンや洋車(中国で東洋と言えば日本のこと。人力車は日本から輸入されたので洋車と呼ばれる)などの老北京の風物を再現した美術は見事で、北京映画製作所が得意としたかつての文芸路線の伝統はかろうじて廃れていないようだ。他にも登場人物の服装や室内装飾などに、昔の北京の面影を追うのもこの映画の楽しみの1つ。

 一方、男主人公を演じた姜文については中国でも賛否両論だったようだ。何しろハリウッド版では往年の美男子ルイ・ジュールダンが演じた色男の役である。姜文には確かに男性的魅力があるけれど、年端も行かない少女が憧れるようなタイプだろうか?この肝心要のところに説得力がないという指摘には姜文ファンを自認する私もうなずかざるを得ない。姜文もこういうモテモテ男役は初めてなので、何となく照れくさそうにやっているのが伝わってしまうのも痛い。まあ、それが逆に見どころと言えば言えるかもしれない。

水野衛子 (みずのえいこ)
中国映画字幕翻訳業。1958年東京生まれ。慶応義塾大学文学部文学科中国文学専攻卒。字幕翻訳以外に『中国大女優恋の自白録』(文藝春秋社刊)、『中華電影的中国語』『中華電影的北京語』(いずれもキネマ旬報社刊)などの翻訳・著書がある。

 







 
 






 
     
     
 
 
     
     
     
     
   

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