◆あらすじ
【東京編】
漫画家を目指して台湾から東京にやってきたヤオは、ふとした偶然で店の壁画を描く美智子に目をとめる。美智子の心象風景を映すような壁画に心惹かれ、毎日そっと店を覗くたびに美智子を描いたコマ漫画を描いて置いていくヤオ。それに気づいた美智子が完成させたすがすがしい青空の壁画を見つめるヤオに店の持ち主が渡す美智子が描いたヤオの絵。慌てて美智子を追いかけたヤオは彼女に初めて「にー好」と話しかける。
【台北編】
彼から別れを告げられたアスーは眠れぬ夜に本棚を作り始めるが、完成した本棚は重すぎて1人では持ち上げられず、バーで知り合った日本人の鉄に電話をかける。片言しか中国語の分からない鉄とペンキ塗りをしながら戯れるうち、どちらからともなく抱き合い、キスをする2人。アスーはどうしても忘れられないが自分では会う勇気がない別れた彼への伝言を鉄に頼む。戻ってきた鉄の報告は中国語が意味不明で要領を得ない。だが、鉄の自分を思いやる気持ちが感じられ、癒される。鉄のバイクの後ろに乗り、そっと鉄の背中に顔を押しつけて「謝謝」とつぶやくアスー。
【上海編】
中国語の勉強のため上海にやってきた修平は雑貨屋を営む母娘の家の2階に下宿する。大学浪人中の娘のユンは英語で修平と語り合ううち、だんだん彼に心惹かれていく。日本のガールフレンドから送られてきたスペインの絵葉書を読んだ修平は絵葉書を破り捨てる。そっとそれを拾ったユンは辞書を引きながら意味をたどる。それはガールフレンドからの別れを告げる内容だった。やがて修平の留学期間は終わり、日本に帰る日がやってきた。「再見」と言ったあと、ユンはスペイン語をつぶやく。修平はそれがスペイン語の「さようなら」だと思い込む。しばらくして、再び上海を訪れた修平はユンがつぶやいたスペイン語が「愛してる」という意味だと知る。慌ててユンの家に行くが、そこは都市開発で瓦礫の山となっていた。
◆見どころ
台北編がキラリと光り、『藍色夏恋』(Blue Gate Crossing)の易智言監督のセンスに改めて感心した。東京編や上海編のように設定と小道具に凝りすぎずに、主演2人のコラボレーションを見せることに専念したのが成功している。浅野忠信の付き人出身の加瀬亮は脱力感のある演技と個性で日本映画界久々の期待の新人と言われている。対するメイビス・ファンは『ちび丸子ちゃん』や『ドラえもん』のテーマソングを北京語で歌って中華圏でヒットさせた歌手。今回、その演技を初めて見たが、コケティッシュで自然な演技がとてもよかった。2人が海辺で見せた、言葉は通じないのに気持ちが通じ合うシーンが微笑ましい。そのメイビスと加瀬亮が思わず抱き合ってキスをした後、さすがに肝心なことは筆談をするしかなかったのが以下の台詞。
◆解説
言葉によるコミュニケーションが上手く出来ない異国の男女の恋愛未満の交流を描いたオムニバス。それぞれ舞台設定を東京、台北、上海とし、現地の監督がメガホンを執り、異なる組み合わせのカップルが演じるというクロスオーバーな試みがユニーク。
全体を見てつくづく感じることは、操る言語が異なることをのぞけば、今の若者たちのフィーリングや文化がいかにボーダーレスであるかということだ。異なる言語ですら、コミュニケーションを図るのにさほど不便を感じないような様々なツールが今は存在する。
この作品では、それが漫画だったり、英語だったり、筆談だったりするわけだが、さらには電子辞書などがあれば実は何の障害もない。こうした国境を越えた若者たちの一人の人間と人間としての付き合いが、互いの国を理解していくことにつながることを心から願いたい。
日本の若者の多くにはかつての日本人が他のアジアの国の人々に対して抱いた謂れのない優越感もない代わりに、アジアの近現代史に関する知識もあまりない。この映画の屈託のなさは最近の一連の出来事を考えると救いではあるが、そこにとどまっているだけではいけないと思う。
水野衛子 (みずのえいこ)
中国映画字幕翻訳業。1958年東京生まれ。慶応義塾大学文学部文学科中国文学専攻卒。字幕翻訳以外に『中国大女優恋の自白録』(文藝春秋社刊)、『中華電影的中国語』『中華電影的北京語』(いずれもキネマ旬報社刊)などの翻訳・著書がある。
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