私が以前住んでいた住宅は、1980年代初めに建てられた古いビルだった。1階の隣人の家では、排水管が詰まり、それが原因で、台所の流しに排水が逆流することがあった。上の階から下の階へ水が漏れることも時々発生した。
こういう時は、水道の本管の栓が止められ、建物管理所の作業員が修理するまで、ビル全体の水道が使用不能になった。
確かに、日常生活は不便になるのだが、住民同士の間では、互いに喧嘩も非難もなく、話し合いにより問題が解決した。ビル全体に和やかな雰囲気が漂っていた。無論、喧嘩が発生するビルもあったが、訴訟になるようなことはなかった。
ところが、時代が変わった。近ごろは、人々の法意識が強まり、これを反映して、下水道管の詰まったことが原因で隣人同士が紛争を起こし、それが裁判沙汰にまで発展するようになった。
しかし多くの場合、加害者がよく分からないため、誰に損害賠償を求めるべきかが大きな問題となる。だが、最近のケースでは、被害者が、意外と簡単に訴訟を起こし、勝訴している。
北京市民の喬さんは、排水管が詰まり、それにより排水が逆流し、家具が水浸しとなる被害を受けた。このため上の階の16世帯を相手取り、損害賠償を請求した。つまり、加害者を特定できないとき、同一の水道管を使用する上の階の全員を、「共同不法行為者」として損害賠償を求める訴訟を起こしたのだ。
これに対し北京市第二中級人民法院は、2005年2月、被告らに対してそれぞれ200元の賠償を命じ、喬さんの訴訟請求を全面的に認めた。
このような判決については、被告らは、加害行為をしたという認識がないのに加害者とされたわけで、腑に落ちないと思ったことだろう。しかし私は、加害者が分からないために被害者が泣き寝入りするようなことがないよう、「共同不法行為者」に損害賠償責任を負担させるのは、正しい判決だと評価したい。
「共同不法行為」とは2人以上の者が不法行為を共同ですることで、「共同不法行為者」は連帯して損害賠償の義務を負わなければならない。「共同」といっても、「通謀」や「共同の認識」は必要でなく、各自の行為の間に客観的な連関があればよいとされる。
ところが、実務界や学術界では、このような紛争に「共同不法行為」に関する規定を適用できるか否か、賛否両論が存在している。とくに、2003年10月に、中央テレビ局の人気番組「説法」(法を説く)が放送した「灰皿事件」をめぐって、法学者はもちろん、一部の裁判官、検察官も見解を発表し、全国的に大きな論争が巻き起こった。
事件は2000年5月10日の夜中に起こった。重慶市のある建物から灰皿が落下し、私営企業の経営者、カクさんの頭を直撃し、ケガをさせた。カクさんは、そのとき、債務の問題について他の人と大声で口論していた。
カクさんは、このビルの2階以上の22世帯全員を相手取り、17万元の損害賠償金の支払いを求める訴訟を提起し、勝訴した。
この判決の法的根拠は、『民法通則』第126条及び第130条である。『民法通則』第126条は、建築物による損害の民事責任に関する規定で、これは、建築物又はその他の施設及び建築物上に設置された物が、倒壊、脱落又は墜落して、他人に損害を与えた場合には、その所有者又は管理人は、民事責任を負わなければならないというものだ。
建築物による損害行為は「建築物危険型不法行為」とも呼ばれ、『民法通則』において、特殊不法行為の一種とされている。不法行為は一般不法行為と特殊不法行為に分類される。一般不法行為の場合、原告が被告の故意・過失を立証しなければならない過失責任主義をとっている。これに対し、特殊不法行為の場合、立証責任が原告から被告に転換され、被告が自己に過失がなかったことを証明できない場合に、損害賠償の責任を負わなければならない。
また、この判決は、加害者を特定することができないため、被告全員に対して連帯して損害賠償責任を負担するよう命じた。この点について、被告らと加害行為との間に、関連共同性がないではないかとの反対意見もかなりあった。
被告全員が一斉に原告に灰皿を投げ、その中の1つが原告の頭に当たったなら「共同不法行為」に該当するが、灰皿を投げたのは誰か1人なのに、被告ら全員に損害賠償の責任を負わせたのは不当だという意見だ。
しかし、起草中の民法草案も、建築物から投げられ又は落下した物が、他人に損害を与える場合、具体的な不法行為者を特定することができないときには、当該建築物の使用者全員は不法行為責任を負うとの規定を設けているという。
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