◆あらすじ
中国青海省の山岳地帯ココシリはチベット語では「美しい山」、モンゴル語では「美しい少女」という意味だが、その自然環境は過酷で、海抜5000メートル以上の無人地帯である。ここに生息する天然記念物のチベットカモシカの毛皮は欧米で最高級のカシミアとしてもてはやされるため密猟が横行、かつては100万頭以上の生息数が1万頭以下に激減した。
チベットカモシカを密猟から守るために結成された民間山岳警備隊を率いるのはチベット族の退役軍人・リータイ。数カ月前、警備隊員が殺された事件の真相を探るため、北京からやってきた記者はその真犯人を追うという彼らに随行して山に入っていく。密猟者が乗り棄てた車を発見した一行は、彼らを追って氷河に素足で飛び込む。捕まったのは首謀者に雇われた毛皮剥ぎ職人の親子で、彼らもまた草原の砂漠化で牧畜民としての生計が成り立たなくなり、やむなく密猟に手を染めたのだった。
やがて燃料と食料が足りなくなり、首謀者逮捕を最優先し、皮剥ぎ職人たちを山中で放り出す苦渋の決意をするリータイは「ここから徒歩では生きて出られない」と言う彼らのために仏の加護を祈る。高山での追跡劇で呼吸困難に陥った部下を町に戻して治療するには現金が要る。「毛皮を売れ」と命じるリータイの言葉に、記者はパトロール隊の経費が押収した毛皮を売ることで賄われている矛盾を知る。故障した車とともにアイスストームに閉ざされる部下たち。やがて密猟の首謀者と遭遇した時、一行はリータイと記者の2人だけとなっていた。
◆解説
『ミッシングガン』で新人監督とは思えぬ演出力を見せた陸川だったが、「あれは陸川監督ではなく、姜文監督作だ」という世評もあり、その悔しさがバネとなったのか、第2作は第1作をさらに凌ぐものとなった。このチベットカモシカをめぐる密猟者と警備隊の攻防は本当にあった話で、CCTVのドキュメンタリーを観た陸川はこの題材に強く心を動かされ、延べ1年半に及ぶ現地取材を行った。周到な準備をして臨んだ半年に及ぶ撮影は現実の警備隊とまったく同じ足跡をたどるという難行苦行で、ロケ隊の全行程は6000キロに及び、平均年齢28歳という若いスタッフ約100人も次々に脱落、最後には60人弱となっていたというから、撮影の厳しさが思いやられる、しかし、その苦労の甲斐あって、完成した映像は圧倒的な力で観客に迫るものとなった。
東京国際映画祭でのティーチイン(討論集会)では観客からの「なぜ、隊員の命を犠牲にしてまでカモシカを守ろうとするのか?」という問いに、陸川は「自分も初めはそう思ったが、チベットの文化と精神を知って納得がいった」と答え、チベット族の俳優で隊長を演じたドゥオブジエは「チベット族にとって、生命あるものはみんな神の子、人間もカモシカも同じなのです」と淡々と語っていた。ちなみに、東京国際映画祭を取材する中国の記者たちにとっても陸川は同世代のホープと見え、審査員特別賞を受賞し、壇上に登る彼に会場の中国人マスコミ席からは何度も「陸川!」と声がかかっていた。かつてないことである。
◆見どころ
冒頭の鳥葬のシーンといい、なかなかショッキングなシーンが多い。町で食料と燃料を補充した隊員が山に戻る途中で流砂に埋もれていくシーンは演技と知りつつも息を呑む。氷河に素足で入るシーンでは隊長を演じたスタッフキャスト中最高年齢である48歳のドゥオブジエも裸足になって実際に氷河に入り、何度もテイクを繰り返すため、途中で火鍋を食べて暖を取ったり、点滴を受けたりしながら撮ったという。
密猟監視のため、たった1人でテント暮らしをする隊員を訪ねた若い隊員たちが自然とチベットの歌を歌い踊りだすシーン、記者と隊員たちが山中で淡々と語り合う何気ないシーンに、生きることの意義がさりげなく織り込まれ、観る者の心を打つ。東京国際映画祭から1年、いまだに劇場公開が決まらないようだが、是非商売抜きで日本公開してもらいたいと思う。
水野衛子 (みずのえいこ)
中国映画字幕翻訳業。1958年東京生まれ。慶応義塾大学文学部文学科中国文学専攻卒。字幕翻訳以外に『中国大女優恋の自白録』(文藝春秋社刊)、『中華電影的中国語』『中華電影的北京語』(いずれもキネマ旬報社刊)などの翻訳・著書がある。
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