知っておくと便利 法律あれこれH     弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
変わってきた貸し手と借り手の関係

 映画やバレエとして上演される『白毛女』は、中国では40代以上の人なら誰でも知っている。ストーリーは、昔の中国で、悪徳地主の黄世仁が過酷に借金を取り立て、小作人の楊白労を死に追いやる。娘の喜児は山中に逃げ、あまりの苦しみのため髪の毛が真っ白に変わってしまう。やがて八路軍の兵士となって帰ってきた幼なじみの大春にめぐり合い、地主は倒される――という「債権回収」にまつわる物語である。

 文化大革命の時期、この劇は何度も上演されたため、黄世仁と楊白労はそれぞれ債権者と債務者の代名詞となった。ところが、黄世仁と楊白労の関係を、昔のような貸し手と借り手の関係と理解して良いのかどうか、論争が起こっている。

 日本の『紅白歌合戦』に相当する2002年の中国の『春節聯歓晩会』(春節恒例の大型娯楽テレビ番組)で、人気俳優の黄宏さんは『黄世仁と楊白労』というコントを演じたが、その内容は、現代の黄世仁が現代の楊白労に借金返済を懇願したが、楊白労は威張って、返済にまったく応じないというものだった。

 翌年、黄宏さんが出版した『従頭説起』(最初から話そう)という本で彼は、『白毛女』の時代とは違い現代では、債権者はろくでなし、債務者は強い者となり、このコントは現実の債権回収の実態を反映した優れた作品だ、と自画自賛している。

 しかし、このような評価について不満を持ち、黄宏さんを相手取りに訴訟を起こした人が現れた。この人は、あちこちで訴訟を起こすことで「訴訟王」として全国的に知られる楊立栄さん。四川省成都市在住。

 楊立栄さんは、中国では、黄世仁は悪徳地主、楊白労は解放されるべき貧農と宣伝されているにもかかわらず、『従頭説起』では楊白労を、債務を踏み倒す人と非難し、イメージを壊されたので精神的苦痛を受けたとしている。そして本の中の虚偽記載の削除、慰謝料800元、本の購入代金の倍額である44元の支払を求めた。

 しかし北京市第二中級人民法院は2003年6月、楊立栄さんは利害関係がないとして原告の請求を却下した。訴訟提起の条件として、原告は事件と直接に利害関係を有する公民、法人及びその他の組織であることが要求されている(『民事訴訟法』第108条)が、『従頭説起』に登場した人物及び内容と原告の楊立栄さんとの間に直接の利害関係が存在しないというのが却下の理由である。こうした訴訟は一般に「原告適格がない」として却下される。

 この論争の結果はともあれ、現代社会には、借金の取り立てにまつわる紛争が少なからず存在し、その解決が往々にして難航し、弁護士は忙しくなっている。そこで最近は、資金信用調査会社をはじめ多くの業者が、これを絶好の金儲けのチャンスとして債権回収代行業に進出し、会社の事業の重点を資金信用調査から次第に債権回収に転換させている。

 たとえば、昨年、私が仕事上よく利用する資金信用調査会社の担当者から、債権回収代行の依頼が大量に入ってくるため、債権回収部を設立したが、法律知識のわかる人を高い給料で多数募集したいので、紹介してほしいという頼みがあった。

 こうした業者のうち、最初は偽物商品の撲滅に取り組み、その後、債権回収代行の専門会社を設立した王海さんは有名である。

 王海さんは『消費者権益保護法』第49条の「商品、またはサービス提供において詐欺的行為があれば、経営者は消費者に商品価格の2倍の損害賠償をしなければならない」という規定を逆手に取り、有名デパートで偽ブランド品を買い、詐欺行為が存在したと主張して損害賠償請求の裁判を起した。彼は1996年12月に専門の会社を設立し、全国30都市にスタッフを配置して、ニセモノ退治に従事し、その後、債権回収の分野にも進出した。

 新聞紙上では、彼の行為は「賠償金目当てで、消費者に当たらない」という批判がある一方、「企業の偽物商法ははびこるばかりで、勇気ある行為だ」と喝采する声もある。

 賛否両論はあるものの、彼が行った行為は現代社会に一石を投じたことは間違いない。国際的にも有名となり、1998年、中国を訪問した米国のクリントン大統領は、上海で、王海さんをわざわざ指名し、対談している。

 


 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
 中国弁護士。毅石律師事務所北京分所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

 
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