明王朝は15世紀初め、海上貿易を通じて他国と交流することを決めた。鄭和は永楽帝・朱棣の命を受け、1405〜1433年、7回にわたって大きな貿易船隊を率いて西へ向かい、東南アジア、インド、アラブ地域、アフリカ東海岸を訪れた。
鄭和の大船隊は、当時最先端の航海技術と強大な武装力を擁していた。しかし、30年近くに及んだ航海の間、発生した摩擦はすべて平和的な方法で解決し、当地の人々や土地を侵したことはなかった。
鄭和の船舶には中国の磁器、シルク、漆器、漢方薬、農具、書画などがたくさん積まれ、航海ルート上の人々に喜ばれた。彼らは争って鄭和と取引をしたがり、中国の商品はまたたく間に国際貿易の売れ行き商品となった。中国の貨幣も外国で使えるようになった。
中国人の公平な取引、互恵の貿易原則は国際貿易の手本となった。また、鄭和は当地の人々に井戸掘りや道路建設、漁労などを教え、彼らの生活様式を改善した。東南アジアの人々は鄭和を神のごとく敬い、多くの「三宝廟」や「三宝井」が建造された。『明成祖実録』の記載によると、当時各国は次々と中国へ使節を送り、自ら出向いてくる国王もいたという。
『中国新聞週刊』 中国経済:「防熱」か「防冷」か
清華大学は7月3日、中国マクロ経済数学モデルにより、以下のような予測を発表した。中国のGDP成長は7月から減速し、年末には若干好転する。年平均成長率は8.6%。
この予測に多くの経済学者は賛同している。中国社会科学院の袁鋼明研究員は、この予測は、国情と政府の方策による算出データとほぼ一致すると述べている。
しかし、これに賛同しない意見もある。国家情報センターのキカ剣平氏は「経済成長が緩やかになると同時に、経済を発展させる産業もある」と話す。昨年の都市・町住民家庭の自動車普及率は2.2%だったが、先進国は60%。一人あたりの平均居住面積は15.6平方メートルだが、今後の目標は22平方メートル。よって、不動産と自動車の牽引のもと、中国の工業は急速な発展を維持することができる。
経済が加熱しても冷却しても、中国政府はデフレまたはインフレの圧力に直面している。「防熱」も「防冷」も、政府がいかに経済のマクロ規制を調整すべきかに直接影響する。国家発展・改革委員会の王小広氏は、マクロ規制は、経済構造の問題を解決するためで、GDP成長の減速は、それと合致していると話す。
『南風窓』 教育の公平は夢ではない
今年、教育の公平が中国教育界のホットな話題となっている。教育学者の楊東平氏は、教育発展の不公平は、国家の教育投資が先進地域や大都市に集中しているところから見て取れ、中・西部や農村への投資は非常に少なく、教育を受ける機会の不均等を招いていると述べている。
中国は9年制義務教育を行っている。都市部では基本的に実現できているが、農村部の子どもたちはこれを本当には享受しておらず、教育程度の差は激しい。高校、大学、大学院の学歴を持つ都市住民の数は、農村と比べると、それぞれ3.5倍、281.55倍、323倍。都市部の子どもたちは現代的な教育設備を利用しているが、多くの農村では、古い教室で啓蒙教育を受けている。昨年、50%以上の農村が小・中学教育の経費に困り、基本的な教育設備が不足していた。
政府はこの差を埋めようと、592の貧困扶助重点県の義務教育段階にある貧困生徒・児童に対して、教科書代や雑費の全額免除と、寄宿生に対する生活補助を始めた。この費用に、中央財政は13億元、地方財政は28億1000万元を用意しており、今年、約3000万家庭の貧困生徒・児童を援助する見込み。
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