知っておくと便利 法律あれこれJ     弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
「人造美女」は名誉毀損か

 昨年流行った10大流行語の1つに「人造美女」がある。整形手術をして造られた美女のことである。多くの美容医療機構や美人コンテストの主催者が知恵を絞って作り出したこの用語は、雑誌や新聞紙上を大いに賑わした。

 「人造美女」が登場したのは、2003年である。その年に、カクロロという24歳の女性が、200日かけて豊胸、隆鼻、二重まぶたの手術など、全身に二十数カ所の整形手術を受け、「中国の人造美女第一号」となった。その費用の30万元は、匿名のスポンサーが負担したが、手術の一部始終はマスコミに報道され、社会的に大きな関心を集めた。

 その後、中国に整形ブームが巻き起こった。手術が大成功して美女に変身した女性もいれば、手術に失敗し、悲惨な人生を送っている女性もいる。ところが、手術に失敗した女性だけでなく、手術に成功した「人造美女」が民事訴訟をおこす事例も数多く発生し、注目を集めている。

 その中で、全国的に最も有名で、ホットな話題を提供したのは、楊媛さんのケースである。

 2004年5月5日、北京天九偉業文化メディア有限公司の主催でミス・コンテストの北京大会が開かれ、中国全土から容姿端麗で、健やかさと知性を兼ね備えた美女が多数参加した。その中に、この大会に参加するため11万元(1元約10円)をかけて顔の整形手術をした楊媛さんがいた。

 彼女は他の79人の出場者とともに準決勝に進み、さらにベスト30に選ばれて決勝に進むことになった。

 しかし、決勝への準備をしているとき、コンテストの組織委員会から「人造美女」であることを理由に、決勝に進む資格を取り消すとの通知を受け取った。

 楊さんは、主催者の行為は差別であり、名誉権を毀損したものとして、謝罪と慰謝料5万元の支払いを求めて、北京市東城区人民法院に提訴した。法廷では、「人造美女」は差別用語かどうかをめぐり、激しい議論が行われた。

 人民法院は、「人造美女」という用語は、整形後の女性に対する特定の呼称であり、世間に普遍的に受け入れられ、各種のメディアにおいても広く使用されていることから、それに差別的、侮辱的な内容があるとは言えず、原告個人に対する評価を下げたものと認定することもできないと判断し、楊さんの請求を棄却した。

 中国では時々、名誉権毀損の訴訟が報道される。これは、訴訟という法的手段によって自分の名誉権を保護しようとする法的な権利意識がかつてなく高まっていることを示している。

 しかし、楊さんのように、自分の感情が傷つけられたことを理由に、他人の行為によって自分の名誉権が侵害されたと提訴するケースが多い。だが、これは、名誉権侵害についての理解を間違えていると言わざるを得ない。

 一般的に、名誉権とは、公民及び法人が、法によりその名誉について有する権利を指すものと解されている。ここで重要なのは、 法的な名誉の侵害とは、人に対する社会的評価の低下を指すということである。

 言い換えれば、自分が悪く感じることではなく、客観的にいって周囲から悪く見られる状態が名誉の侵害に当たるのだ。即ち、名誉は社会的評価として存在し、自己評価ではない。だから、自分の感情が傷つけられたことを理由に、他人の行為により自己の名誉権が侵害されたとすることはできないのである。

 また、楊さんの訴訟も、原告が行使する権利を間違えたため敗訴してしまったケースといえる。そもそも被告の企業が楊さんの参加を禁止したことは、一方的な契約解除であり、契約違反に当たる。だから本来、楊さんは、名誉権侵害に基づく損害賠償請求権ではなく、契約違反、即ち債務不履行に基づく損害賠償請求権を行使しなければならなかったのである。

 裁判には負けた楊さんだが、その後、『私は人造美女だ』という本を出版して話題を呼んだ。転んでもタダでは起きないということだろうか。

 また、最近、下着などの生産販売企業である「貪美集団」が、「人造美女」を、商標として出願した。「人造美女」にはもはや差別的な響きはなくなったからだろう。

 


 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
 中国弁護士。毅石律師事務所北京分所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

 
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