文・写真/須藤みか
 
「上海版指輪物語」
 
 

 

 「今年のお味は…」

 そんな味談義が交わされるシーズンがやって来た。そう、秋から冬にかけての味覚、上海蟹である。

晩夏に始まる 蟹予報
ずらりと上海蟹を扱う店が軒を連ねる

  晩夏にはメディアで、価格や美味しさなどの「上海蟹予報」が始まり、9月も第2週あたりには一斉に市場に出回り始める。そして「九雌十雄」(旧暦で雌は9月、雄は10月)の食べ頃を迎えるのだ。

 上海蟹目当てに訪れる日本の友人、知人も多く、なかには毎年この時期になると必ず舌なめずりをしながら上海の地を踏むリピーターもいる。その友のために新しくてかつ美味しい店はないかと、事前のリサーチ試食も必要で、食べ頃を迎える頃には食傷気味という羽目になってしまう。

最高級と言われる陽澄湖産

 上海の人たちはレストランでも食すが、市場で買って自宅で調理する人も少なくない。向かう先は上海西駅にほど近い銅川水産市場だ。

 ずらりと軒を連ねる店の多くで上海蟹を扱う。出荷のために蟹を縛る作業を続ける人たちがいた。紐で縛られたものを見た記憶しかなかったが、ここでは藺草を使っている。

 「いい匂いでしょ」

 手を動かしながら、50がらみのオバサンが言う。

陽澄湖産を騙る ニセモノ駆逐作戦

本物だけがはめられる“指輪”

 蟹を縛るのは、蟹同士の喧嘩して傷つけあったり、体力を消耗して寿命を縮めるのを防ぐため。足をたたみ、ハサミを閉じて藺草を巻くのだが、その手さばきに見とれてしまった。1匹につきかかる時間は、10秒足らず。早い! お見事! と声をかけると、

 「私はそんなに早いほうじゃないわよ。でも、二十数年この稼業だからね」 

くるくるっと縛って10秒足らず

 オバサンの顔がクシャっと崩れた。

 一昨年までならこれで作業は終わりになるのだが、昨年からもう一手間が要るようになった。ニセモノ防止のために、「指輪」をハサミに付けることになったのだ。

 上海蟹の最高級とされるのが江蘇省の陽澄湖産だ。それだけに産地偽装も多く、消費者はもちろんレストラン経営者にも一体どれが本物なのか見分けがつきにくい。陽澄湖産にはレーザー光線で甲羅に業者名やブランド名などを刻印したりと、あの手この手の対策がとられてきたのだが、昨年考案されたのが指輪だ。

 直径約1センチのプラスチック製の白い指輪には、業者名と電話番号、ID番号が刻印されていて、電話番号をダイヤルしてIDを言うと本物かニセモノかを確認できるというもの。

手前が昨年、奥が今年の指輪

 指輪をはめることができるのは、同湖産を扱う協会の会員約40社だけ。指輪は「一度外すと付け直せない仕掛けになっていて、指輪のニセモノを作るのは相当難しいはずだ」と協会関係者は自信たっぷりだった。しかし案の定というべきか、そう時間を経ずに指輪のニセモノは登場したし、指輪の裏取引も行なわれた。

「指輪」制度は定着するか

 そんなわけで、今年はバージョンアップした2005年ニューモデルの指輪が登場した。昨年はシンプルなリングだけだったが、今年は「石」の部分に陽澄湖の絵が描かれた円形の飾りが付いたのだ。

 早晩ニセモノは現われるはずで、いたちごっこのような気もするけれど、世界ブランドへとのし上がろうとしている以上、策を講じないわけにはいかない。

本物を扱える特約店の証明書

 水産市場で働く人たちの作業が増えて、オバサンの手さばきも縛りだけなら10秒足らずなのに、指輪をはめるとなるとこれが結構手間で、その3倍近くはかかる。

 そんな裏方作業があって、私たちの目の前に今年も、赤く蒸しあがった上海蟹が現われる。業者にとっては頭の痛い問題だが、いたちごっこのニセモノ対策はいっそう話題性を高め、蟹の季節を盛り上げてもいる。

 上海版指輪物語の結末、今年ははてどうなるものやら。

 
 

  すどうみか 復旦大学新聞学院修士課程修了。フリーランスライター。近著に、上海で働くさまざまな年代、職業の日本人十八人を描いた『上海で働く』(めこん刊)がある。  
     


 
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