中国には、債権回収の手法やテクニックがいろいろある。協議や調停、仲裁、訴訟などによって債権回収を図る正常な手段から、新聞に暴露したり、行政を関与させたりするやり方や、中には暴力組織を利用しての異常な債権回収まで、実に多種多様である。
仲裁、訴訟などの法的手段に訴える以前に、債務者の自発的な返済を促す督促状を送付したり、債務者に返済意識を強めさせるための債務返済協議書を締結したり、債務者と交渉したり、行政に介入を頼んだりするのが常套手段である。
行政介入は、債務者の債務不履行の事実や請求事項を、債務者の主管部門又は関係行政監督部門に知らせ、行政機関が前面に出て斡旋、調整、返済督促などに取り組むよう求める手法である。
弁護士としてクライアントに勧めることができないが、一部の企業がよく使う効果抜群の債権回収手段がある。それは「居座り式債権回収」である。
ある企業は、女性ばかりの債権取り立てチームを組織して、必要な書類などを調えたうえで、すべてのメンバーに毛糸を配った。そして彼女らは、債務を返済しない企業の社長室に座り込みながら、セーターを編み、仕事をしている社長らにしつこく付きまとう。商談のための来客があっても、むしろ債務者に圧力をかけるよいチャンスとばかり、居座って動かない。数日後、債務者の多くは返済に応じたという。
しかし、債務者の債務逃れの手法も多種多様で、変化に富んでいる。債務を負った組織を解散し、別の組織にしてしまうとか、企業を破産させるとか、資産を移転したり、資産隠しをしたりするとか、架空の債権者へ弁済したことにするとか、偽装離婚や失踪、死亡宣告をするとか、ありとあらゆる債務逃れの手法が使われ、債権者はずいぶん泣かされている。
とくに都市部の建築現場などで働く出稼ぎの農民臨時工(民工)の賃金遅配問題は、社会問題として深刻化している。
この民工の賃金遅配問題に一石を投じたのが、42歳の1人の平凡な農村女性、熊徳明さんである。
熊さんは重慶市雲陽県人和鎮龍泉村に住んでいるが、2003年10月27日、視察のため重慶市を訪れた温家宝総理が、自宅近くを通りかかり、地元の村人と言葉を交わしている場面に遭遇した。熊さんは勇気を持って温総理に、出稼ぎに行った夫の賃金2240元が支払ってもらえないという実情を訴えた。温総理はすぐに、地元政
{に賃金未払い問題を解決するよう指示を出し、その日の夜には、賃金が熊さんの手元に届いた。
熊さんの一言が温総理を動かし、賃金未払い問題が解決したことは、全国に大きな影響を与えた。各地の政府は、一連の新しい措置を打ち出し、労働者の権利の保護に乗り出した。
この熊さんは、賃金未払い問題を社会問題にし、人々の関心を集めた功績が認められ、中央テレビ局選定の2003年度の経済成長に貢献した「中国経済人物」の1人に選ばれた。
彼女のことが新聞・テレビで報道されると、全国から、賃金未払いに悩む「民工」たちが、熊さんのところに助けを求めて殺到した。1日平均5人ほどの「民工」がやってきたが、多い日は19人も来たという。
その対応に心身ともくたびれ、経済的負担にも耐えられなくなった熊さんは、一時、村を出て、重慶に出稼ぎに行くことを余儀なくされたが、人々の熱い期待はなかなか冷めなかった。
昨年12月、熊さんは、ある法曹関係者の要請により、多数の「民工」の未払い賃金回収に協力するため、自費で温州に赴いた。さすが「債権回収の達人」として有名となった熊さんだけに、中央テレビをはじめ数十の報道機関の記者が同行し、その行動の一部始終を一斉に報道した。
熊さんは、企業に賃金の支払いや、労働によって病気になった「民工」の治療費の支払いを求めて交渉した。メディアの圧力や、行政機関の協力もあって、問題はかなり解決したのだった。
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