◆あらすじ
映画学院の学生の小馬は北京の胡同に小さな部屋を借りる。家主は1人暮らしの偏屈な老女。年の離れた2人は、小馬が部屋に引きたいと言った電話の子機をめぐる電話代に始まり、暖房のない部屋で小馬が使おうとした電熱器の電気代と、金銭上のことが原因で絶え間なく言い争いを続け、とうとう長距離電話をどちらがかけたかがもとで2人の喧嘩は頂点に達する。結局、それは老女の孫がかけたことが分かり、老女は年越しの料理も食べずに自分が追い出した小馬の帰りを待つ。
春が来て、2人の硬直した関係も気温のぬくもりと共に融け始める。小馬は大学の課題だと、老女の1日を撮影するうち、彼女の孤独な人生を知る。女兵士として革命にも参加したことがある彼女は結婚した翌年に夫と死に別れ、子供もなく、引き取った養女はめったに訪れては来ないのだった。夏、ボーイフレンドと喧嘩して黙って郷里に帰ってしまった小馬を老女は自分の孫娘のことのように心配する。ボーイフレンドと仲直りをして、もっと快適なアパートも見つけた小馬は、引越しの前日、老女の髪を散髪し、マッサージをして、料理を作る。引っ越して間もなく、老女が倒れたことを知った小馬は慌てて駆けつけるが、孫の結婚が決まり、以前からの約束で家を孫に譲り養老院に入る老女を見送ることしか出来なかった。
◆解説
監督デヴュー作『世界で最も私を可愛がってくれたあの人が死んだ』で老母の介護に翻弄される作家の娘の葛藤を描いた馬儷文監督の第2作。前回は原作があったが、今回は監督の自伝的な作品で、ストーリーの98%は自分が実際に経験したことだという。老人を主人公にする作品が続いたので、老人問題という社会的テーマを撮ることに意義を感じているのかと思ったら、そうではなく、市井に生きる人々の情感にスポットを当てたかったのだそう。前作は正直言うと誠実ではあるが、やや重苦しく、テンポも悪かったので、見ていてかなりつらいものがあったのだが、今回は若い女の子を使ったことで、テンポも出て、2人のやりとりに前作にはなかった巧みなユーモアもあり、登場人物も少なく話も淡々としているのに、時間が経つのを忘れて物語に引きつけられる出来栄えとなった。
東京国際映画祭でも非常に評判がよく、コンペティション部門の新聞記者の星取表では最も高得点を獲得。次回作は初めてのラブ・ストーリーで、タイトルは『愛上你的色』だとか。
『ドジョウも魚である』の楊亜洲監督が笑って「彩色の色? それとも色情の色?」と聞いていたが、生真面目を絵に描いたような馬監督が「色」をどう撮るのか、いまから楽しみだ。
◆見どころ
低予算で製作されただろうことは予想がついたが、時間の経過にこだわり、途中で中断しながら1年をかけて撮影されたため、カメラマン以下スタッフは何人も入れ替わったという監督の孤軍奮闘の踏ん張りに改めて頭が下がる。これほどストイックな監督も今の中国では珍しい。
英国のヘレナ・ボナム・カーターと東京国際映画祭では主演女優賞を分け、続く中国国内での金鶏奨でも主演女優賞を獲得した金雅琴は人民芸術劇院所属のベテラン舞台女優。84歳にして初の映画出演だそうだ。「生涯演じ続けてきて脚本を読んで涙を流したのはこれが初めて」と言うこの作品では、頑なで片意地をはったお婆さんが、孫のような若い娘との本気でのやりとりに心を開かされていき、最後はよるべない心の脆さをヒシヒシと感じさせて、見事な入魂の演技だった。アップで見ると、瞳が青く見えたので、緑内障では?
と思っていたが、後で聞くと、視力はほとんどないとのこと。それなのに歩くシーンでは杖をついているとはいえ矍鑠として、よろめきもしない。凄まじいまでの女優魂である。それにしても中国はお婆ちゃん女優の層が厚いとつくづく感嘆させられた。
対して、監督の若い頃を演じた宮哲は、中央美術学院で写真デザインを専攻する21歳の大学生で演技はまったくの素人。決して上手くはないが、体当たりの自然な演技に好感が持てた。実際の本人は役柄とは全く性格が違っていて、内気で口数も少なく、彼女を喋らすのに東京国際映画祭の司会は一苦労していた。そんな彼女を一生懸命フォローする監督も、東京国際映画祭は2度目であるのにティーチインや記者会見の前は相当緊張していて、なるほど自分の分身にこの子を選んだだけのことはあると納得。二人の初々しい返答ぶりに会場からは毎回大きな激励の拍手が沸いていたことを記しておきたい。
古琴を使った胸に染み入る音楽は竇唯の作曲。ロックミュージシャンとばかり思っていた彼の新たな才能の一面を発見した。
水野衛子 (みずのえいこ)
中国映画字幕翻訳業。1958年東京生まれ。慶応義塾大学文学部文学科中国文学専攻卒。字幕翻訳以外に『中国大女優恋の自白録』(文藝春秋社刊)、『中華電影的中国語』『中華電影的北京語』(いずれもキネマ旬報社刊)などの翻訳・著書がある。
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