人言を信となし、止戈を武となす(上)
                                                                              駐日中国大使  王毅

  中国の王毅駐日大使は、2005年10月26日、日本の防衛大学校で、中国の外交・安全保障について講演を行った。日本では中国の軍事的脅威が高まっているという批判があるが、「人言を信となし、止戈を武となす」と題するこの講演は、それに真正面から答える内容である。王毅大使はこの中で、「信」という字は「人」と「言」とによって構成され、「武」の字は「止」と「戈」から成っていることから分かるように、中国は、言ったことを誠実に守り、武備は戦いを止めるためにある、と強調した。本誌は講演録を上下2回に分けて掲載する。――編集部

   中国の発展と今後の針路をどうみるかは、国際社会が一様に関心を寄せている重要な話題で、その中には「中国チャンス論」もあれば、「中国脅威論」もあります。こうした異なる観点の併存現象は、中国を本当に理解するのが容易でないことのあらわれであり、また中国が独特な道を歩んでいることを物語っています。

   中国は数十年の模索を経て、自国の国情と世界の流れに合った道をさがし当てたといえます。この道はこれまでの伝統的大国の盛衰の軌跡とは異なり、日本、韓国が戦後にたどったモデルとも違っており、中心的特徴としては、つねにグローバル化と協調していく平和的発展と平和的台頭の道ということであります。

   この道に沿って、中国は世界的に注目される成果を収め、国の姿は大きく変わりました。経済規模でみると、中国の国内総生産(GDP)は1978年の1400億ドルから2004年の1兆6500億ドルへと、年平均9.4%で伸びました。貧困者は2億5000万から3000万弱へ激減しました。輸出入総額は206億ドルから1兆1000億ドルに増えました。

   現在、中国のGDPは世界第7位、貿易額と外資導入額は世界第3位、外貨準備は世界第2位です。インターネット・ユーザーは1億を超え、世界第2位、携帯電話の利用者は3億5000万を超え、世界第1位になりました。高速道路は3万キロを突破し、パソコンの年間販売台数は1639万台、自動車の年間販売台数は500万台近くで、いずれも世界の上位3位に入っています。

2005年12月12日、国連のハイチにおける警察活動に従事する中国の隊員95人が、北京首都空港から国連のシャーター機で出発した

   もちろん、中国は人口が多く、経済基盤が弱く、生産力が発達しておらず、近代化の実現は決して容易ではありません。世界銀行の最新の報告書によると、中国の国民1人当たりの金融資産は日本の2%にすぎません。1人当たりのGDPは過去25年間に7倍増えましたが、昨年、1100ドルに達したばかりで、日本の30分の1にすぎず、世界の109番目です。中国が1人当たりGDPで先進諸国に追いつくには、なお長い時間が必要であります。

   さらに、たえず改革が進み、発展を続けるなかで、深層部や構造的な問題が目立つようになったことも指摘しておきます。第1は成長方式の問題で、資源、エネルギーの負担と環境の負荷が大きく、粗放型の経営では長続きしないということです。第2は不均衡の問題で、とりわけ農村と農業が遅れています。

   現在目立っている問題について、中国政府は対策の道筋と方針を示しました。その中心は、第1に科学的発展観を堅持し、成長方式を転換し、資源節約型、環境にやさしい、循環型経済の道を歩むこと、第2に調和の取れた社会をつくり、GDPだけを追求する傾向を改め、経済と社会、都市と農村、沿海と中・西部、人と自然および国内と国外の釣り合いのとれた発展をはかることです。

   では最終的に発展した中国は、他の国を脅かすことがあるでしょうか。強大から覇権へ、覇権から衰退に向かうような一部大国の轍を踏むことがあるでしょうか。これは目下かなり多くの国で一様に関心がもたれている問題です。

   中国は必ず国際社会と協調共存し、共に繁栄する道を歩むというのが私の答えです。主な根拠は以下の通りです。

   第1の根拠は、中国の発展はグローバル化の背景下で進められており、中国はグローバル化に全面的に参画するプロセスで発展し、世界に全面的に開放し、世界と相互に依存する道を歩んでいるということです。

北京の人民大会堂東門外広場で、外国の賓客の歓迎儀式に参加した人民解放軍の陸海空三軍の儀仗隊

   現在、中国のGDPに占める対外貿易額の割合は70%前後で、そのうち輸入依存度は34%と、日本の8%、米国の15%を大きく上回り、世界の主要国の中で最も高くなっています。中国では毎年、国内の固定資産投資の10分の1以上を外資が占め、中国の輸出総額の60%以上を外資系企業が占めています。

   昨年、中国への入国者は延べ1億を超え、出国者も延べ2885万を超えました。中国で消費される原油の40%、鉄鉱石の50%は輸入に頼っています。昨年の中日貿易額は1700億ドルに近づき、日本にとって中国が最大の貿易相手となり、中国にとっても日本は最も重要な経済パートナーの1つで、3万社近い日本企業が中国に進出しています。

   中国の関税水準は1994年の35%から現在10%未満まで引き下げられ、インドやインドネシアよりはるかに低く、その下げ幅は発展途上国の中で、屈指といえます。中国はサービス貿易の市場開放を加速しており、世界貿易機関(WTO)分類の160余りのサービス貿易部門のうち、先進諸国の開放範囲は一般的に80%で、発展途上国は一般的に20ないし40%ですが、中国は昨年、62%に達しました。しかもWTO加盟後3年で実現したのです。

   世界とアジア経済に対する中国の影響力と寄与度も増大しています。昨年、中国は世界の約4%のGDPで、世界の経済成長増加分の10%以上、貿易の12%に寄与しました。世界銀行の報告書は、過去3年間、世界経済の成長に対する中国経済の寄与率は米国に次いで世界第2位だったと指摘しています。

   中国はすでにアジア第1の輸入市場になっており、昨年東アジアの輸出の伸びの50%が中国向けで、「中国特需」は日本を含む多くの国の経済成長の重要な源になっています。

   これらの数字は、中国と世界が持ちつ持たれつし、相互利益・ウィンウィン(両方が得をする)の構造を形成しつつあることを物語っております。そして中国の発展に伴い、こうした相互依存関係はますます深まり、利益の融合はますます拡大し、世界各国とりわけ近隣諸国との関係はますます強まっていくでしょう。

中国の鉄鋼業の発展は著しいが、世界的に鉄鋼生産能力は過剰になっており、市場競争は日増しに激しくなっている

   第2の根拠は、中国の発展はたえず世界と一体化し、国際社会に溶け込んでいき、公正で合理的な国際新秩序づくりに参画する過程であるということです。

   中国は国連安保理常任理事国で、すでにWTOを含むほとんどの重要な国際機構に参加し、『京都議定書』『国連人権規約』を含む大多数の国際条約に加入しています。さらにアジア太平洋経済協力会議(APEC)、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)、ASEANプラス3(中日韓)および上海協力機構(SCO)の重要メンバーで、「東アジア共同体」構想の積極的支持者であり、推進者でもあります。中国は国際ルールづくりに参画し、またルールの義務を履行し、ルールの規制を受けています。

   米国の学者はこの点に留意しています。ジョンストン・ハーバード大学教授は、中国が加盟した国際機構の数は先進国とほぼ同じであり、これまでの実践は、中国が国際社会の責任ある一員、国際ルールをよく順守する一員になったことを立証していると指摘しています。

   また有名な中国問題専門家のデービッド・へール氏は次のように指摘しています。中国の台頭の道は開放型のもので、この道は中国を成功に導いたと同時に、中国の行方を制約し、中国の行為を規範化している。中国が対外軍事拡張の代価に耐えるのは難しく、そのため中国は平和的台頭の道からそれることはありえない。

   ゼーリック米常務国務副長官も最近、「中国はどこへ行く」と題する重要な政策講演で、次のように述べました。国連からWTOまで、気候変動条約から核兵器関連の条約まで、中国はいずれも参画者だ。国際体制は中国の成功を助けており、中国にもこの体制を強化し、利害関係者になる責任がある。米国は自信を持ち、平和的、繁栄した中国を歓迎する。

   第3の根拠は、中国がすでに平和的発展の国家戦略を確立し、そのために相応の政策を定めていることです。簡単に言えば、平和な国際環境の達成によって自国を発展させ、同時に自らの発展によって世界の平和と共同発展をはかるようにしているのです。

   胡錦涛氏を総書記とする中国の新しい指導部は、これまでの内外の経験を総括したうえで、内では調和の取れた社会を建設し、外では調和の取れた世界を建設するという主張を打ち出しました。国内でも国外でも、安定、発展、調和は私たちの政策目標と基本的手段であり、内外政策は相互に作用し、不可分なものです。

廈門の東渡埠頭から60両のバスが中東に向け初めて輸出された

   私たちはつねに、中国の発展が歴史発展の流れと一致し、人類の進歩の方向と一致し、世界各国人民の根本的利益と一致しなければならないことを主張しています。この一連の戦略と思考は中国が引き続き平和的発展の道を歩むための理論面、政策面の堅固な基礎をなし、国際社会の幅広い理解と支持を得ており、長期にわたって中国の進む方向を導くことになるでしょう。

   第4の根拠は、中国の平和的発展は5000年の文化的蓄積に根ざしており、それは実際に精神面で中国の発展の道を支えているということです。

   中国文化の核心は儒教文化であり、儒教文化の精髄の1つは、「和を以て貴しとなす」で、「和衷共済」「親仁善隣」を主張しています。中国の漢字の「武」は「止」「戈」の2字からなり、「止戈を以て武となす」(戦いを止め得ることこそ真の武である)という深い意味を含んでいます。武術は強い者が弱い者をいじめるのではなく、身体を鍛え自分を守るために使うものであり、武備は、敵の侵略を防ぐもので、略奪、領土拡張に用いるものではありません。

   今年は明代の航海家、鄭和の大航海600周年にあたります。当時彼が率いた船隊は世界最強を誇り、前後7回、東南アジアに停泊し、遠くは北アフリカまで達しました。しかしマハティール前マレーシア首相が述べたように、鄭和の一行がもっていったのは貿易と物産、伝えたのは文化と友情で、戦争や侵略はしておらず、その後の欧米の植民者とはっきりした違いがあります。こうした徳を隣人に施し、徳を厚くし物を載すという伝統は、中華文化の重要な一部分として今日も連綿と続いています。 (以下、次号に掲載)



 
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