王小牛少年の村の人たちは､黄河灌漑区の新しい移住地に引っ越した

　「おじさん、僕らはいつ引っ越すの」――寧夏回族自治区の西海固地区にある��源県黄花郷老虎溝村を訪れるたびに、12歳の王小牛少年は、いつも私の後にくっついてきて、ひっきりなしにこう質問した。村の人たちも、口々に同じ質問を繰り返す。村人たちと話すうち、私は彼らが引っ越しをいかに期待し、渇望しているかを強く感じた。

　 私は、寧夏画報社のカメラマンとして、何度も六盤山の山間部にある老虎溝村などの村々を取材してきた。この貧しい地区の村人たちの生活状態に関心があったからだ。

王小牛少年

　 初めて私が老虎溝村を訪れたのは、2004年7月のことだった。村の中はひっそりと静まりかえり、時々、鶏の鳴く声が聞こえてきたり、年とった農民の脱穀の掛け声が伝わってきたりするだけだった。

　 聞いてみると､この山村は作柄が悪く､村の青壮年はほとんど出稼ぎに行ってしまった。だから､もともと賑やかではない村が､いっそう静かになってしまったのだ。

　 偶然､私は山の麓にある一軒の農家に立ち寄った｡日干しレンガで造られた小さな2間の家は､長年､修理されたこともなく､異常に暗かった｡だから､敷居を跨いで入ると､暫くは目が慣れるまで待たなければ部屋の中の様子がはっきり分からない｡

久しく修繕していないので、王小牛少年の家はぼろぼろだった

　 部屋の中には、顔中、垢だらけで、着物も破れている男の子が1人いた。布靴は破れ、足の指がむき出しになっている。見知らぬ人が入ってきたのを見て、この子は少しもじもじした。

　 その子こそ、王小牛少年であった。大人がいないからだろうか、部屋の中はごちゃごちゃにひっくり返っていた。オンドルが部屋の4分の1を占め、オンドルに敷かれた傷だらけのアンペラの上には、真っ黒になったぼろぼろの布団綿が2つ、置かれていた。部屋の扉の真向かいにある竃の上には、真っ黒なジャガイモがいくつか転がっていた。

　 少年は「今しがた、家で『昼メシ』を食べたばかりなんだ」と言った。ここらの山間部では、食糧が足りないので、農民たちは一般に、1日2食だ。午前10時ごろと午後4時ごろに食べる。10時ごろ食べるのを「昼メシ」と呼んでいる。

家が貧しいため、2歳年上の姉は学校を途中でやめ、母を助けて3歳の弟の面倒をみている

　 「このジャガイモを食べたの」と私は不思議に思って聞いた。「家の食糧はほとんど食べてしまったんだよ。穀物の収穫はまだなので、ジャガイモが食べられるだけでもいい方なんだ」と少年は言った。

　 続けて取材してみると、この少年の一家は村の中でもっとも貧しい家ではないことが分かった。

　 六盤山の山深いところにあるこの村には､外につながる大きな道路がまだなく､子どもたちは1、2時間かけて､山道を歩き､学校に行かなければならない。全村の60％以上が読み書きができない。村にあるただ1つの井戸が､全村70戸以上の水源となっている。

六盤山の山間部にある老虎溝村。全部で70数戸あり、一人当たりの年間収入は900元に過ぎない

　 土地は痩せていて、自然災害が頻発し、一人当たりの平均年収は900元に過ぎない。ジャガイモが村人たちの常食で、それさえも毎日食べられるわけではない。

　 こうした村の様子を目の当たりにして私は、思わず10年前に起こったある事件を思い出した。それは、この村から5、60キロ離れた六盤山の向こう側にある西吉県廟坪村で起こった食糧断絶事件である。

　 1995年のある日、廟坪村は端境期のため、なんと全村200人の食糧がまったくなくなるという事態が数日続いた。村は交通が不便だったうえ、通信連絡の手段もなく、外の世界はそのことに気づかなかった。

住民が移住した後の山間部は静寂を回復し、急速に植生が回復した

　 数日後やっと、農村を回って貧困扶助の仕事をしている人たちによって発見された。当時、村の犬さえ、飢えのため声も出なかったという。

　 彼らはその場で持っていた金や物資を寄付し、急いで町に戻って食糧を集めて来た。おかげで村民たちはやっと春の食糧危機を乗り切ることができたのだった。

　 この十数年来､国は貧困扶助事業に多くのヒトとモノを投入した｡それによって､大部分の貧困人口の「衣」と「食」の問題は基本的に解決された｡それ以来､再びあのような食糧断絶の事態は発生していない｡

移住民が引っ越して行った後、��源県では、林業労働者たちがすぐに植林を始めた

　 老虎溝村も廟坪村も、寧夏回族自治区の貧困地区の縮図である。全中国の貧困地区の縮図であると言ってもよい。実際、西海固地区では、このような貧しい山村は至るところにある。山奥で谷は深く、土地は痩せ、植生は乏しく、乾燥して雨が少なく、交通が不便なので、ここの生態環境はきわめて劣悪だ。

　 普通の年でも、年間降水量は200〜300ミリなのに、蒸発量は2000ミリ以上に達する。1年でいくらも収穫はなく、ひどいときには1粒も取れない。人や家畜の飲み水は、十数華里（1華里は0.5キロ）、場合によっては百華里も先からロバに車を引かせて運んで来なければならない。

　 西海固地区が貧困地区になったのには、もう1つ別の原因がある。それは人口の急激な増加である。

　 1949年、新中国が成立した当時、人口はわずか53万4000人だった｡それが1980年には158万8000人に急増した。2000年には総人口は238万4200人になり､人口密度は1平方キロ当たり78.28人となった｡これは、国連の1平方キロ当たりの人口の基準を遥かに上回っている｡

　人々は生きるために､むやみに開墾し､やたらに樹木を伐採した｡その結果､生態環境はひどく悪くなった｡干ばつ､雹､砂嵐などの自然災害は頻繁に発生し､人々の生活水準は長い間、上昇できなかった｡

　 統計によると、2004年末までに、六盤山の山間部に住む約200万人のうち、依然98万人が「貧困人口」であり、そのうち一人当たりの年間純収入が625元以下の「絶対貧困人口」は25万人以上を数える。

　 それから5カ月が経った。2004年12月のある日、私はまた老虎溝村に行ってみた。

　 村に着いた時は午後3時を回っていた。見ると村人たちは家中の家具を道端に積み上げていた。大小の家財道具や木材、垂木、箱、箪笥……その中を人々が忙しそうに働いていた。

　 王小牛少年の家では、母親が「やっと引っ越せる、やっと引っ越せる」と言いながら家の中を整理していた。その顔は明らかに興奮で輝いていた。