海外ボランティア機関の北京事務所で働いている李紅艶さん(33歳)は、仕事で忙しい毎日を送っている。出張も頻繁にある。そこで1歳の娘の面倒は、故郷から呼び寄せた定年退職したばかりの両親にお願いしている。 両親のおかげで育児の心配からは解放されたが、別の悩みが生まれた。「私の実家は山東省の農村なので、両親の生活様式は単純でおおざっぱです。孫を育てるのも昔と同じ方法でやっています。例えば、子どもの食事は別に作ってほしいのですが、両親は大人が食べるものをそのまま食べさせています。マントーをちぎって、おかずの汁にひたして食べさせていることもありました。いったいどんな栄養があるというのでしょう」。李さんはとても困っている。 子育てについて、李さんと両親の考え方は異なる。李さんの父親は魚が嫌いなので、実家では魚を買って食べることはなかった。しかし、魚は子どもの発育にとてもいいと考えている李さんは、週末になると、必ず魚料理を作って娘に食べさせる。
家で普段食べる野菜や卵、マントーなどは、両親が散歩がてら朝市で買ってくるが、そのほかの肉類や穀物、食油、調味料、そして日用品は、李さん夫妻が週末にスーパーへ行って購入する。「スーパーで売っている食品には『緑色食品』や『安全マーク』といったさまざまな印が付いていても、年寄りにはそれがよくわからず、とにかく安いものを買ってしまうのが心配です」と李さんは話す。 しかしここ数年、「食の安全」という概念が生活の中に頻繁に現れるようになった。これまで一度も耳にしたことがなかった「添加物」や「基準値超過」などといった言葉により、私たちは食の安全について再認識するようになった。 李さんはずっと母乳で娘を育ててきた。しかし産休が終わって出勤するようになると、お昼に家へ帰って授乳するわけにはいかず、粉ミルクを飲ませるしかない。そこで、どんな粉ミルクを選ぶかが、家族の重要な「議題」となった。 ある専業主婦の友人は、市場のすべての粉ミルクを研究し、各メーカーの栄養成分や比率を1つひとつ比較した結果、ニュージーランドから輸入しているあるメーカーの羊乳の商品がいいと薦めてくれた。品質は一番いいが、価格も一番高いという。 李さんは、400グラム150元(1元は約14円)のその商品を一缶買って試してみたが、娘はあまり飲まなかった。羊乳の味になじめなかったのかもしれない。やむなく別の商品を探さねばならなかった。
その後、いろいろな粉ミルクを試してみたが、糖分が多すぎるせいか甘すぎるのもあったし、お湯に溶かすと泡がいっぱい出てきて、ニセモノではないかと疑わざるを得なかったものもある。5、6種類のメーカーを試してみたが、すべて高価格の輸入品だった。 母親は粉ミルクに頭を痛めている李さんを見て、「スーパーにこんなにたくさんの種類の粉ミルクがあるのに、どうしてわざわざ高い輸入品を買うの。お前の目は節穴なんじゃないかい?」と言う。 しかし李さんは、小さな子どもに与えるものだからこそ、決していい加減にしてはいけないと考えている。ニュージーランドやオーストラリアから輸入している粉ミルクは、草原で自然の草を食べて育った乳牛のミルクで作られているはずであり、飼料で育った乳牛のミルクと比べると、より安全で、より優良で、より栄養価が高いと信じている。 ところが最近、中国市場に出回っている世界的なブランド、ネスレの粉ミルクのヨード含有量が、基準値を超えていたことが明らかになり、李さんは自分の「理論」に自信がなくなった。 注目される食の安全
李紅艶さんのように安全な食品を買おうと、試行錯誤を繰り返し、戸惑いを感じている人はめずらしくない。安全でない食品によって健康を害すケースが、身近に発生しているからだ。 2005年、中国では全国の人々の関心を集める事件がいくつか起きた。中国産のニセモノおよび劣悪商品のニュースだけでなく、これまで品質の高さを信じて疑わなかった輸入や合資の商品に有害な添加物が含まれていたり、ある成分が基準値超過であったりなどのニュースが世間を飛び回った。 例えば、洋式ファースト・フード店のフライドポテトには、発ガン性の疑いがある「アクリルアミド」が含まれている、日本や韓国から輸入されているポリ塩化ビニルのラップフィルムには、発ガン性の物質が含まれている、などといった報道は、大衆を震撼させ、戸惑わせた。 これにより、慎重に食品を選ぶ人が増えた。多くの人はスーパーへ行って食品を買うようになった。パッケージに記されている製造年月日や賞味期限、栄養成分に気を配り、これまで気にしたこともなかった遺伝子組み換え成分が含まれているかどうかさえ、注意するようになった。
これと同時に、政府も食品安全の監督・管理を強化している。市場参入の許可制度を設立し、これを徐々に整えて、検査をパスしていない食品が市場に出回るのを食い止めている。また、合格した商品には特別なシールを貼り、消費者が識別しやすいようにしている。 食の安全問題は当然のことながら各メディアの焦点となっている。メディアによって安全性に疑いがある食品が明るみにされると、その商品はあっという間に売れなくなる。消費者はメディアを通して安全な食品を選んでいるのだ。 中国人はここ数年、自分の生活の質や健康状態に、かつてないほどの関心を寄せるようになった。社会の寛容性と透明性も向上し、情報の伝達もますます速く、広範囲になった。こういった変化により、消費者が真実を知る機会が増大し、食の安全が最もホットな話題となっているのである。 安全基準の制定
中国における食の安全問題は、経済の急速な発展と密接に関わっている。計画経済の時代、食品加工業は完全に国に管理されていた。しかし今では、中小の私営企業が食品業界の3分の2を占めていて、これらの企業の生産能力や技術水準、管理水準などはまだ十分なレベルにあるとはいえない。 また、食の安全を管理する体制は、計画経済の方式から完全には切り替わっていない。 しかも、中国の食品の国家基準は、国際基準と比較すると、後れている部分や不完全な部分がまだある。 英国食品基準庁は2005年2月18日、ハインツやユニリーバなど30社が生産した419種の食品に、人体に有害な「スーダンレッド1」が含まれている可能性があると消費者に警告した。これを受けて中国の品質検査局は2月25日、これらの食品に対する検査や監督・管理を厳しくするよう緊急通知を下した。 しかし当時、中国には「スーダンレッド1」を検出する基準がなく、EU の検出基準を使用するほかなかった。その結果、中国で販売されているケンタッキーやハインツの商品の原料の中に「スーダンレッド」が含まれていることが明らかになっただけでなく、疑わしい輸入食品や原料も、当初の359種から618種に増えた。
そこで国家基準委員会は関連機関を緊急に組織し、国外の基準を参考にして検出方法を研究した。そして1カ月後、「スーダンレッド」の中国検出基準を制定した。翌日、北京では「スーダンレッド」が含まれた腐乳(豆腐を発酵させてから塩につけたもの)やザーサイ、トウガラシみそなど25種が販売中止となった。 この事件は、中国の食の安全に対する基準が不十分であることを示している。中国の食品業界で使用されている技術基準のうち、99.8%は国外で制定されたものである。 世界貿易機関(WTO)加盟後、関連部門は自国の安全基準が後れていることを重く見ている。また、企業が自主的に問題のある食品を回収する法律を定めようと考えている。新しい『食品安全法』も制定する予定だ。 |
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