◆あらすじ
看護師の杜小橘の婚約者は深夜、水が張っていないことに気づかずにプールの飛び込み台から飛び降りて死んでしまう。しばらくして、その時一緒だった婚約者の友人の王毅とひょんなことで再会すると、2人は互いをよく知り合う間もなく慌しく結婚してしまう。しかし、甘い蜜月も束の間、些細なことで激しい喧嘩を繰り返す日々が始まる。ついに離婚を口にした王毅が眠っている隙に、小橘は彼の体を縛りあげ、包丁で脅す。小橘がいない間に窓から飛び降りて逃げだした王毅は大怪我を負い、ようやく小橘も離婚に同意する。実は小橘の両親は夫婦喧嘩の末に父親が母親を殺し、服役中であった。離婚手続きを終えた後、初めて冷静に相手を思いやる2人。しばらくして、深夜の道路を夢遊病者のように自転車を走らせる小橘を見つけ、家に送り届けた王毅は思わず小橘を抱きしめる。やがて、王毅は小橘の同僚から彼女の妊娠を告げられる。
◆解説
80年代にベストセラーとなり、90年代初めに王志文と江珊主演でTVドラマ化され、これも大ヒットした王朔の小説『過把イン就死』の映画化だ。ラブストーリーを撮ってみたいと言った張元に友人でもある王朔が自作の再読を薦めたのがきっかけで、映画化を思い立ったという。風俗ドラマとしての色彩が強かったTVドラマ版に比べ、映画版はシリアスに現代の若者の愛の形を掘り下げたリアルなセミ・ドキュメンタリータッチの作品となった。張元は第1作『北京バスターズ』以来、いわゆるアングラ監督として検閲を通さない作品を撮ってきたが、『ただいま』で地上に浮上後は、題材の話題性が先行したそれまでの作品に比べて、作品に円熟味が増してきたように思う。この作品で女優として初めて演技し甲斐のある役どころに恵まれた主演の徐静蕾は、この撮影のすぐあとに初監督作品『我和ババ』に着手した。脚本も彼女自身のオリジナルなのだが、作風的には非常に王朔の世界に近い雰囲気を感じさせるものだった。
あまり知られていないことだが徐静蕾は張元のデビュー作『北京バスターズ』にワンカット出演している。当時三里屯に住む15歳の高校生だった彼女が『北京バスターズ』の撮影に使われた近所のバー経営者の知人に誘われてのエキストラ出演だったそうだ。当時は女優になることなど考えもしなかったそうだから人生は分からない。今まで出演した他人の作品の中で『ウォ・アイ・ニ−』は一番好きな作品という彼女と、「アップの長廻しで撮り続けるうちに、彼女の涙一つなかった瞳がだんだん涙で潤んでいき、ポロッと流れ落ちるまでを撮りえたことは監督として最高に幸運だった。また是非、彼女と仕事をしたい」と言う張元。2人のコラボレーションを是非また見たいものである。実は張元もまた徐静蕾の監督第1作には端役で友情出演している。役者はそれが初めての経験で大変緊張したそうだが、病みつきになったのか、すぐに自作の『緑茶』では趙薇の見合い相手に扮して、なかなかいい味を出していた。
◆見どころ
圧巻は何と言っても、台詞をすべて役者が即興で喋り、長廻しで一気に撮ったという夫婦喧嘩のシーン。「初めのきっかけさえ決めてあれば即興でやる喧嘩の演技は別に大変ではなかったし、むしろストレス発散になって楽しかったわ」と余裕綽々の徐静蕾に言わせると、口喧嘩には技術があり、何を言うかは重要ではなく、相手に喋る隙を与えないことが勝つ秘訣だそうだ。演技とはいえ、徐静蕾が完全に相手役のトウ大為に迫力勝ちしていて、トウ大為が言い負かされて顔を真っ赤にして口ごもっているのが印象的だった。
日本人夫婦はこんなに激しい口喧嘩はあまりしないらしいので(ちなみに私も夫が中国人なので結婚当初はかなり激しい口喧嘩をした。私の中国語が鍛えられたのは夫との口喧嘩のおかげだとさえ思っている)来日取材ではどの記者も「中国人の夫婦喧嘩ってこんなに激しいんですか?」とびっくり。「あんな女性は恐ろしいです」と言う男性記者には「それは日本の男性が甘やかされているからでは?」と言い、「本当はもっとすごい罵り言葉も使ったんだけど、あんまり過激なんで監督に編集でカットされちゃったの」と笑う徐静蕾。今までおしとやかで可愛いらしい女性役が多かったのは本当の彼女を監督たちが知らなさすぎたのであり、彼女の本質を見抜いていた張元のキャスティングにこの映画の成功の大半はあるようだ。
水野衛子 (みずのえいこ)
中国映画字幕翻訳業。1958年東京生まれ。慶応義塾大学文学部文学科中国文学専攻卒。字幕翻訳以外に『中国大女優恋の自白録』(文藝春秋社刊)、『中華電影的中国語』『中華電影的北京語』(いずれもキネマ旬報社刊)などの翻訳・著書がある。
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