知っておくと便利 法律あれこれR    弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
転職による秘密の漏洩を防ぐには

 中国には「樹ダ死、人ダ活」(「木が移動すれば死に、人が移動すれば生きる」)という諺がある。これは、転職に対する中国人の意識を端的に表している。

 この諺が大好きで、転職の大義名分としてこの諺を愛用しているのが「跳槽族」だ。「跳槽」は本来、馬が自分の飼い葉桶から他の飼い葉桶に向かうという意味だが、これを転職の比喩に用いることが多く、一時、流行語となった。

 中国では、「転職こそキャリアアップの近道」という風潮が日本より強い。欧米のように転職・退職が多いことは、中国にすでに進出している多くの日本企業が抱いている実感だと言われている。

 また、中国国内に進出する外資系企業の中で、中国人スタッフの離職率が一番高いのは、日系企業のようだ。その原因は、現在の中国人就業者が、成果に応じて評価されることを好む傾向が強いのに対し、日系企業では実績主義が進んでいないことにあるといわれている。

 とくに、転職・退職者の中には、会社の事業上の秘密を知り得るポストにあった職員もいる。彼らは退職後、競合する同業他社に勤務したり、競合する企業を自ら設立したりすることが多い。そうなると、転職・退職者による商業秘密の漏洩が十分、起こり得る。

 商業秘密は、いったん漏れてしまうと、回復し難い損害が生じることが多い。従って、従業員の転職に伴って危惧されるのは、その従業員が競合他社に入社したり、自ら競合する会社を設立したりして、ノウハウや営業秘密が流出したり、顧客が奪われるという事態が発生することだ。

 実務においては、営業秘密を握る従業員がライバル会社に転職した後、元の会社がその従業員や転職先の会社を相手取り、不正競争行為として、損害賠償等を請求する訴訟事件が多発している。

 2004年に、北京大洋公司が、元副総裁とその転職先である日系企業・索貝公司に対して250万元の損害賠償を求めた訴訟事件が起こり、マスコミに盛んに報道され、注目を浴びた。

 その背景には、索貝公司買収をめぐり、原告の大洋公司と、索貝公司の親会社である日本の大手電気メーカーが中国に設立したアンブレラ企業のS社との間に、激しい競争が発生したことがある。S社が索貝公司買収に成功した後、大洋公司出身の従業員十数人は、いったん他の会社に転出したが、新索貝公司成立後、一斉にその公司に入社した。その後、大洋公司の副総裁をしていた陳氏も、ライバルの新索貝公司へ鞍替えした。そこで、大洋公司は訴訟により、対抗手段をとったのである。

 北京市海淀区人民法院は、元副総裁と索貝公司の二被告の行為が不正競争行為に該当するとして、損害賠償金50万元の支払いを命じる一審判決を下した。

 このように、企業が中国に進出する場合、従業員による商業秘密の漏洩には、十分な配慮が必要だ。転職・退職を決意した従業員を引き止めるのはもはや不可能だが、従業員が在職中に取得した自社の秘密情報については、秘密保持契約の締結により、在職中及び退職後の秘密保持、競業禁止義務を負わせることができる。また、退職希望者を自社の秘密から遠ざけるなどの徹底した社内体制の整備をすれば、ある程度、リスクを回避することができる。

 今年3月に公開された『労働契約法(草案)』は、競業禁止について明確な規定を置き、非常に注目を集めている。同法案第16条は、使用者が、事業上の秘密を知り得るポストにある労働者と労働契約を締結する場合、その労働者が退職後に、競合する同業他社に勤務したり、競合する企業を自ら設立したりすることを、一定期間、あるいは一定の地域で制限できると規定している。

 同法案は、競業禁止の期間は2年を超えてはならないとし、現行の3年より1年間、短縮している。

 また、同法案では、労働契約に競業禁止条項を盛り込む場合、使用者に、その代価としての経済補償金の支払いを義務付けており、その額は、競業禁止の期限の長短を問わず、その使用者の下で働いた労働者の1年間の賃金収入を下回ってはならないとされている。

 

 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
北京市の金杜律師事務所の弁護士。1986年、日本の佐々木静子法律事務所で弁護士実務を研修、87年、東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。