歴史を鑑とし、未来に目を向け
世々代々の友好促進に努めよう
                                                                             国務委員 唐家セン

 ――百万人以上の日本の民間人を帰国させた「大遣返」の60周年を記念し、中日関係を展望するフォーラムで、唐家セン国務委員(副総理級)が「歴史を鑑とし、未来に目を向け、世々代々の中日友好の促進に努めよう」と題する演説を行った。本誌はその全文を掲載する。

フォーラムの開幕式で演説する唐家セン国務委員(写真・銭海澎)

 「葫蘆島からの在留日本人百万人送還」の60周年に当たり、私は謹んで、中国政府を代表し、遼寧省政府、葫蘆島市政府、中国人民対外友好協会と日本の日中友好協会が共同で開催する「葫蘆島からの在留日本人百万人送還60周年の回顧と中日関係を展望するフォーラム」に対して、心からお祝いを申し上げるとともに、遠路はるばる来訪された村山富市元首相をはじめ日本の友人の皆さんを心から歓迎いたします。

  1945年、世界の反ファシズム戦争が終結し、中国人民は抗日戦争の偉大な勝利を勝ち取りました。戦争が終わったばかりで、中国人民は、日本軍国主義の侵略が中華民族にもたらした大きな傷や犠牲に耐え、すべてのものを復興し、我が家を再建しなければならないという大きな圧力を受けていましたが、さまざまな困難を克服し、百万の在留日本人がこの地から帰国の道を踏み出すのを助けたのでした。この歴史的な大送還が行われたことによって、葫蘆島は戦後、在留日本人から「生命の宿駅」と呼ばれるようになったのです。
 
  今日、中日両国の各界の人々が一堂に会し、ともに歴史を回顧し、未来を展望して、私たちが歴史を正視し、侵略に反対し、平和を大切にし、中日両国人民の世々代々、友好を推進していこうという決意と信念を明らかに示すことは、奥深い歴史的意義と重要な現実的意義を持っています。

  中国人民は偉大な人民であり、中華民族は偉大な民族です。葫蘆島から在留日本人百万人が送還されたという歴史の一幕は、中国人民の大きな心と崇高なヒューマニズムの精神を十分に体現し、中華民族の度量の大きな、優れた徳性を示しています。

疫病の蔓延を防止するため、中国の支援隊の隊員が、日本の居留民に予防注射をした(五洲伝播出版社提供)

  日本軍国主義の野蛮な侵略によって、中国は未曾有の民族的な災難に陥りました。あの暗黒の歳月の中で、日本軍国主義は、戦火を中国全土の半分以上に燃え広がらせ、3500万以上の軍人と民間人を死傷させ、直接的な経済的損失は1千億ドル以上に達し、中国人民は巨大な民族的犠牲を支払ったのです。

  中国共産党と中国人民は心を一つにして、団結して守りを固め、日本軍国主義の侵略に断固として抵抗するとともに、この侵略戦争の責任は一握りの日本軍国主義者が負うべきであり、多くの無辜の日本人民は、私たちと同じように戦争の被害者であると、一貫して考えていました。

  毛沢東主席から始まって、中国の歴代の指導者は終始、このように区別して考える政策を堅持し、両国人民の間に2000年以上続いてきた伝統的な友誼を守り、発展させることに力を注いできました。
 
 私たちはこのように言うだけでなく、さらにそのように行ってきました。戦火が飛び交っていた時代でも、私たちは恨みを普通の日本人民に向けることはありませんでした。
 
 聶栄臻元帥は、戦場から、日本人の少女、美穂子を収容して世話をしました(注)。これは、人々に広く知られる感動的な美談として残っています。
 
 またある中国人の母は、家が壊され、愛するわが子が虐殺された大きな悲しみと苦痛に耐え、自分の乳と汗で、一人の日本人の赤ん坊を育て、戦後、その子を日本に送り返したのです。
 
 戦争が終わった後、中国人民は恨み続けることはなく、全力で百万の在留日本人が自分の家に帰るのを助けました。このために嘗めた辛酸と代価は言い表せないほどのものです。
 
 新中国成立後、中国政府と人民は、期限を繰り上げて戦犯を釈放し、数千人の日本人戦争孤児を養って成人させました。当時の特殊な歴史的背景の下で、これらはすべて、一見、平凡なことに見えて、実は偉大なことであり、中国人民の平和に対する切実な願いや日本人民に対する真摯な情誼、中日両国人民の世々代々にわたる友好に対する強い熱望を含まぬものはありません。
 
 「前事を忘れざるは後事の師なり」。私たちはすでに起こってしまった不幸な歴史を変えることはできませんが、未来に対して責任を持ち、歴史の中から苦い教訓を汲み取り、歴史の悲劇を再演させず、子孫のために美しく、幸福な明日を創り出さなければならないと、中国政府と人民は終始、堅く信じています。

中国の支援隊員の指揮で、日本の居留民と捕虜たちは、それぞれ団に分かれて、期間を分けて乗船し、帰国した(五洲伝播出版社提供)

 中国政府は一貫して、中日関係を重視し、中日友好の方針を堅持しています。中日間の敵対状態を終わらせ、両国の伝統的な友好関係を再び続けてゆくため、私たちの先輩の方々は長い間、たゆまぬ努力をしてきました。中国政府と人民は、非常に困難な状況下で、さまざまな方法を使い、さまざまなルートを通じて、両国間の友好往来を発展させる努力をしてきました。

 日本の各界の有識者や友好人士もまた、中日の善隣友好関係回復のために、多くの心血を注いできました。双方の想像を絶する艱難辛苦を経て、両国はついに1972年、共同声明を発表し、国交正常化を実現し、中日関係史に新たな一ページを開いたのでした。

 国交正常化以来30数年の間に、双方の歴代の指導者と両国人民の共同の努力を通じて、中日の友好協力が長足の進展を遂げ、各分野での交流と協力がかつてない広がりと深さにまで達したことを、私たちはうれしく思います。
 
 1978年に調印された『中日平和友好条約』と1998年に発表された『中日共同宣言』は、両国関係の発展のための政治的、法的基礎をつき固めました。両国は一連の政府間協定に調印し、さまざまな形の二国間、多国間の協力メカニズムを打ち建て、両国間の幅広い領域にわたって実務的な協力を力強く推し進めています。

 両国間の貿易額は、国交正常化時の11億ドルから、昨年は1800億ドルに増えました。日本企業による対中直接投資は累計で530億ドル以上に達しています。両国の友好都市は、228組になり、往来する人の数は毎年、延べ450万人に達しています。
 
 中日関係の発展は、両国人民に大きな利益をもたらし、アジア・太平洋地域や世界の平和と安定、発展にとっても、重要な貢献をしています。中日関係はすでに、世界でもっとも重要な二国間関係の一つとなっています。

引き揚げ船が岸壁を離れるとき、日本の引き揚げ者たちは、複雑な気持ちで葫蘆島を眺めていた(五洲伝播出版社提供)

 この歴史を目撃した証人であり、また関与した者として私は、現在の中日友好は、容易に達成されたものではなく、両国の先輩の指導者と各界の有識者たちが大量の心血を注ぎ、それが凝集したものであり、両国の幾世代もの人々の共通の願いを受けたものであり、私たちはこれを一段と大切にしなければならないと、深く感じます。
 
 今日、ここに出席されている村山富市先生をとくに紹介いたします。村山先生は第二次世界大戦終結50周年の際、日本の首相として初めて、日本軍国主義の侵略の歴史問題について、有名な「村山談話」を発表しました。村山先生は日本政府を代表し、日本が過去に発動した侵略戦争と日本が推進した植民地支配について、深い反省とお詫びを表明し、日本とアジア近隣諸国との間の相互理解と信頼関係を再建するよう主張しました。
 
 この重要談話の精神がもし真剣に実行されれば、中日両国の「歴史を鑑とし、未来に目を向ける」ことに有利なだけでなく、日本がアジア隣国との友好協力関係を永続的に発展させるのにも有利です。

 胡錦涛主席はかつて、「我々が歴史を回顧するのは、そこから知恵や啓発を得て、それによって、今日の生活や将来の方向をしっかりと把握するためである」と指摘しました。近年、中日関係が直面している重大な政治的障害は、両国関係の発展に影響や制約を与え、この地域の平和や安定、発展にも不利な影響をもたらしています。
 
 こうした局面は、中国政府や中国人民が見たくないと思っているものです。私は、多くの日本の人々や有識者も、これを見たくないと思っていると信じています。私たちは日本の指導者が、歴史や国民、将来に対して強く責任を負うという態度をもって、正確な決断を下し、両国関係の政治的障害を除去し、それによって中日関係を正常な発展の軌道に戻すよう希望します。それは、両国人民の根本的な利益に一致するものであり、また国際社会の普遍的な期待でもあります。
 
 中日関係の健全で安定した発展を推進するには、中日友好の正しい方向をしっかりと守らなければなりません。中日両国は地理的に近く、文化的にも互いに通じ合い、2000年以上の友好交流があります。これが、両国人民の間に長くて深い友情を培いました。

葫蘆島の港を出航し、帰国の途につく日本人たち(五洲伝播出版社提供)

 中国政府は、中日両国人民の根本的な利益から出発し、また世界平和の擁護と共同発展の促進という大局から出発して、「平和共存、世々代々の友好、互恵協力、共同発展」という方針を堅持し、中日関係を非常に重視して、中日関係の改善と発展のためにたゆまない努力をして来ました。日本側も戦略的な高い見地から、長期的な視点で中日関係を取り扱い、実際の行動をもって中国側とともに努力することを希望します。

 中日関係の健全で安定した発展を推進するには、中日関係の政治的基礎をしっかりと擁護しなければなりません。歴史を正確に対処することと、台湾問題を適切に処理することは、中日国交正常化交渉の最も重要な二つの核心的問題でした。まさに、この二つの問題の適切な処理によって、はじめて中日両国が未来に目を向ける友好協力関係を発展させるうえで最も基本的な政治的基礎ができたのです。
 
 この基礎は、いかなるときでもぐらついてはなりません。実践によってすでに証明されているように、この政治的基礎を厳守し、擁護すれば、中日関係は前進でき、安定した発展を持続することができます。また、この政治的基礎から外れ、それに反すれば、中日関係は損害を受け、停滞し、ひいては後退してしまうことさえあり得るのです。
 
 私たちは、中日双方がそれぞれ、中日の3つの重要な政治的文書の中で提起された数多くの約束を徹底して忠実に守り、「歴史を鑑とし、未来に目を向ける」という精神に基づいて、中日関係のために、よりすばらしい未来を切り拓くことを希望します。
 
 中日関係の健全で安定した発展を推進するには、両国の各分野の互恵協力を積極的に推進しなければなりません。平和、発展、協力はすでに、現在の世界各国の人々の普遍的な要求となっています。経済のグローバル化や地域的協力の趨勢は、まさに深く発展しつつあります。これらは、中日両国の友好協力関係の発展に、新しい歴史的なチャンスと広い発展空間を提供しています。
 
 アジアや世界において重要な影響力を持つ二つの国家として、世界の平和と繁栄を擁護し、アジアの振興と発展を促進することは、中日両国が当然負わなければならない責任であり、両国の戦略的利益の由って来たるところでもあります。

両親を亡くした女の子が、幼い妹を背負って帰国していった(五洲伝播出版社提供)

  中国は平和的発展の道を動揺することなく歩み、長く平和を保ち、共同で繁栄する、調和のとれた世界の構築に力を注ぎ、「近隣と睦まじく付き合い、近隣をパートナーにする」という方針と「近隣と睦み、近隣を安んじ、近隣を富ませる」という政策を実行しています。中国の発展は、いかなる国に対しても脅威をもたらすものではありません。私たちは中日両国が、平和的発展に力を注ぐパートナーとなり、アジアの振興に力を注ぐパートナーとなり、人類の進歩のために力を注ぐパートナーとなることを希望します。
 
 孫中山(孫文)先生はかつて「世界の潮流は滔々として流れている。これに従う者は昌え、これに逆らう者は亡ぶ」と言いました。中日の善隣友好協力関係の発展は、時代の潮流であり、中日両国人民の共通の願いであります。中日両国の共同の発展と繁栄は、両国人民に幸福をもたらすだけでなく、アジアや世界にも恩恵を及ぼすでしょう。
 
 私たちは中日関係の前途に対し、十分自信を持っています。中日両国人民は必ず、子々孫々まで仲良く付き合って行かなければなりませんし、必ず子々孫々まで仲良く付き合って行けることでしょう! 私たちは手を携え、上述した目標に向かって絶えず前進しようではありませんか!

 (注)抗日戦争のさなか、八路軍が戦火の中から二人の日本人少女を助け出し、手厚く保護した。その後、二人の少女は聶栄臻将軍の前線司令部に送られたが、聶将軍は、前線で養育するのは難しいので、手紙を添えて二人を日本側に送り返した。40年後に、この少女の一人が栫美穂子さんで、生存していることがわかり、美穂子さんは訪中して「命の恩人」の聶将軍にお礼の言葉を述べた。(編集部)


 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。