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日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

中国経済に棲む動物たち


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 中国では古来より、東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武という想像上の動物が、守護神として棲むといわれてきました。中国経済にも多くの動物たちが棲んでいます。

牛に牽かれる株式市場

 株式用語では、強気を「Bull」(牛)、弱気を「Bear」(熊)と言います。今、中国の株式市場では、「熊」に代わって「牛」が主役になろうとしています。今年5月、『新規株式公開管理弁法』が実施され、一年余り中止されていた新規株式公開(IPO)が再開されました。

 上海と深センにある株式市場はこれまで、発行株式の3分の1しか上場、流通していません。残りは国有株と法人株で、非流通株として上場、流通できないという株式分離状態にあり、「熊」が主役の低迷状態でした。しかし今後は、新規に発行される株式は全て上場、流通できることになります。
 
 中国の大手企業は、海外で上場するケースが多かったのですが、IPOの再開により、海外上場している優良株の国内回帰が可能となり、また国内優良企業の上場も増える見通しです。今年7月には、外国の投資家が、中国に設立された投資会社を通じて、中国の上場企業に投資できるようになるなど、外国企業の対中投資のハードルがさらに引き下げられました。個人も海外から中国企業に投資する機会が増えてきました。いよいよ「牛」の出番というわけです。
 
 株式市場の「牛」は歓迎されるでしょうが、中国にとってちょっと厄介な「牛」もいます。それはカウボーイの国、米国です。今年4月、胡錦涛国家主席が訪米し、両国の建設的協力関係が強調されましたが、米国は、最大の貿易赤字相手国となった中国に対し、「人民元を切上げよ」などと厳しい要求を突きつけています。中国は対米黒字対策として、ボーイングを80機も購入するなど、米国にはかなり気を使っています。
 
 一方、歓迎ムードにある「熊」もいます。今年3月訪中したプーチン大統領は、胡錦涛主席との会談で「両国は子々孫々友好を続け、永遠に敵対しない」と表明し、1950年代の中ソ蜜月時代を彷彿とさせました。今年は中国における「ロシア年」です。株式市場の「熊」には長居はしてほしくないが、ロシアの「熊」は大いに歓迎、というわけです。

日本が「鬼」にならねばよいが

 日本はどんな動物と見られているのでしょうか。「鬼」にならねばいいなと思います。日中戦争の折、「日本鬼子」と言われて、日本の軍隊の非道が非難されました。「政冷経熱」とされる今の日中関係を論ずるマスコミにも時折、「拝鬼」などのフレーズで「鬼」が出没します。
 
 ただ、「経熱」は大いに発展しています。対中貿易は日本からITやAV機器などの製造拠点の対中シフトが進み、それに伴い、原材料・部品などの現地調達が加速しています。対中輸出はその分、伸び率が鈍化傾向にありますが、その一方で、主に進出した日本企業が現地生産した完成品の輸入が増加しているという成熟した補完関係が構築されています。
 
 日本にとって中国は、輸出で世界第2位、輸入では最大の相手国です。対中投資も昨年は、主要国・地域からの対中投資が軒並み減少する中、過去最高を記録しました。昨年4月の騒ぎで、対中投資に慎重になっていた日本企業は、中国に対するコンフィデンス(信頼)をすでに回復したといってよいでしょう。

将来の発展を担う虎

 次は「虎」です。東北振興を支えるのは、大連、瀋陽、長春、ハルビンの4頭の東北虎です。2003年に東北振興策が発表されて、東北虎は時代の寵児になりました。
 
 それから3年、中国のビジネス圏は南から北へと発展し、そして中国経済は、重化学工業化が進んでいます。工業生産額に占める重工業と軽工業の比率は、2000年は59対41だったものが、2004年には68対32になりました。いよいよ重化学工業のメッカである東北地区が本領を発揮する時が来たようです。
 
 昨年、外国投資者にM&A(企業合併・買収)方式などを通じた国有企業の改造・再編への参入を奨励する「36号文件」が発表されるなど、外資導入に弾みがついてきました。東北地区の重化学工業、すなわち東北虎が中国経済を牽引する日が来たということです。

姿を変えた狼

 「狼」は、世界貿易機関(WTO)とともに中国にやってきました。2001年のWTO 加盟時、中国産業界は「狼来了(狼が来た)」(日本的にいえば、黒船来訪)と形容し、中国市場が外資に席巻されては一大事と、大いに警戒したものです。
 
 ところが、いざ蓋を開けてみて、農業や自動車業界など深刻な打撃を受けると心配された業界への影響はほとんどないことがわかり、今度は「与狼共舞(狼といっしょに踊ろう)」となりました。
 
 今の狼は、羊の皮をかぶっている、と言われます。これは中国企業が虎視眈々と、外国企業をM&Aしようとしているとの形容です。実際、昨年、南京自動車による英ローバー社のM&A、聯想によるIBMのPC部門のM&A、ハイアールによる米国家電大手(メイタグ)のM&A(未成功)、中国海洋石油有限公司による米ユニカル社のM&A(未成功)など、中国大手企業は世界的企業の買収に果敢に挑戦しています。
 
 2002年から2005年までの4年間、年率平均36%の勢いで中国企業は海外進出しましたが、その過半がM&A方式です。未成功事例もありますが、世界的企業の買収のことを、中国では「蛇呑大象」と形容しています。蛇(中国企業)が象(大手企業)を呑むという意味です。
 
 2005年末までに、中国企業約1万社が海外に進出済み(500億ドル超)です。今後、中国企業による日本企業の買収が確実に増えてくるでしょう。

蛇足ですが

 といっても、蛇のことではありません。中国経済に登場する他の動物をもう少し紹介しましょう。
 
 まず「鳥」。例えば、省エネ車の開発。目下、節約型社会を目す中国では、省エネタイプの小型車の開発が資源の節約と環境保護という2つの見地から見直されています。つまり「一石二鳥」です。
 
 「虎とハエ」。腐敗(汚職・不正)の形容です。中国政府は蔓延する腐敗に対し、大きな腐敗(虎=高級幹部によるもの)とちっぽけな腐敗(ハエ=一般大衆によるもの)を同時に叩こうとしています。
 
 「アリと象」。技術はありながら世界に通用するブランドを持たない中国企業(アリ)と持てる世界的大企業(象)の喩えです。ブランド確保のために外国企業をM&Aする中国企業が増えています。
 
 最後に、中国のシンボル「龍」に登場してもらいます。高成長を続ける中国(巨龍)が世界の資源・エネルギーをあまり食べないようにという国際的関心が高まる一方、龍は象(インド)や熊(ロシア)などと協力関係を強化し共同で資源開発に当たるようになりました。今後は、宇宙を舞い(月着陸計画など)、世界の成長センターとなった東アジアの地域発展を促進するなど、世界の発展に大きく貢献することが、「龍」には期待されています。 


 
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