■東北振興を引っぱる「五点一線」構想 |
発展のエネルギーは北上する |
日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由=文 |
「五点一線」の「五点」の一つに、渤海沿岸の「大連長興島臨港工業区」がある。私が最初に長興島を訪れたのは1996年のことであった。長江(揚子江)以北で最大の面積をもつこの島だが、当時、特段の産業もなく、人影もまばらだった。 それから10年が経った。今年5月、遼寧省に出張したが、長興島は遼寧省が打ち出した「五点一線」の一つの拠点として、すでに大いに注目されていた。 島では2000戸の住民の立退きが完了し、雑貨バース(7万トン級が二バース、5万トン級が一バース)と長興島大道(16.8キロ)が建設中とのことであった。これが完成すれば、長興島は、大連の国際海運センターのコンビネーション港として機能するだろう。 加えて、インフラや石油化学生産基地の建設も進められようとしている。すでに港湾や生産建設関係で、内外企業と10億ドル超の契約が交わされているという。 人口は今後15年以内に、50万人に増える予定だ。こうして、一寒村に過ぎなかった島は、海岸にビルが林立することになろう。遼寧省は「五点一線」の登場で今、劇的に変貌しようとしている。 第四の機軸線へ
中国には経済発展を支えている太い「線」が3本ある。珠江と長江の2つの大河(2線)と、天津―北京間の高速道路を1線とする計3線である。そして、「五点一線」の「一線」は、第4線になるのではなかろうか。 現在、中国の経済発展のポイントや対中ビジネスの拠点は、南から北へ急速に拡大している。即ち、1980年代の深センを核とする珠江デルタ経済圏、90年代の浦東を龍の頭とする長江デルタ経済圏、そして21世紀初頭の現在、天津濱海新区と連携する「京津冀(北京、天津、河北省)経済圏」へと北上している。3線はこの中国三大経済圏の大動脈である。 「五点一線」の地である遼寧省は、「京津冀経済圏」の北に接しており、これに山東省を加えた「環渤海経済圏」の一翼を成している。「五点一線」は遼寧省の新たな発展戦略であると同時に、中国の北へ向かう発展のエネルギーを受け止める役目を担っているといえる。
最近の中国経済のもう一つの特徴は、重化学工業化である。工業生産額に占める重工業と軽工業の比率をみると、2000年の6対4から2004年は7対3と、重工業が7割を占めるまでになっている。 経済の「北上」と重化学工業化が交差するところが遼寧省である。2003年、重化学工業の集積する東北地区(遼寧省、吉林省、黒龍江省)経済の活性化を目指す東北振興策が打ち出されたが、遼寧省は最南に位置している。 このように「五点一線」は、「時の利」と「地の利」を得ている。さらに国家開発銀行が、300〜400億元の政策性借款を提供するとしていることから、「国家の期待」も得ているといってよい。 東北全域の発展を視野に しかしながら、「五点一線」戦略は、その要点である対外開放の拡大という視点から見て、まだ磐石ではないように思える。それは、「五点一線」の魅力や可能性が遼寧省内に封じ込まれていると海外から見られないかという点だ。 世界に対しては、遼寧省の「五点一線」という視点より、東北振興における「五点一線」の役割を強調する方が、その魅力アップにつながるのではないだろうか。
まず交通の面から言えば、「一線」は、@東端の丹東で、来年から着工予定の東北東部鉄路通道(遼寧省の大連から北朝鮮国境沿いを北上し吉林省を縦貫し、黒龍江省の牡丹江までの全長1389キロの鉄道)に連結しているA大連からは渤海湾を横断する列車フェリーで山東省(煙台)に通じているB西端である葫蘆島からは、渤海湾に沿った高速道路で天津、唐山、北京などの環渤海経済圏の主要都市へ通じているC大連から瀋陽、長春、ハルビンといった東北三省の省都を縦貫する高速道路にも通じている――といった交通と物流の大動脈の重要な部分を構成しているという視点がもっと強調されてしかるべきである。しかも、鉄道は高速道路にほぼ平行しており、その高速化が図られている。 では、「五点」はどうか。東北振興で勢いづいた中国経済の「北上」と重化学工業化といった時代の潮流を受け止め、対外開放の拡大に繋げるためには、さらに布石が必要である。では、どこに「布石」を打つべきか。 東北三省は各省とも、東北振興策に呼応した地域発展戦略に注力している。「五点一線」はこうした地域発展戦略と連携強化していることを対外発信することこそ、外資に「五点一線」への関心を高める布石になるであろう。 「窪地」と「高所」の機能を
21世紀の中国経済にとって最大の課題は「国際化」である。「五点一線」は「外資受入れの『窪地』であり、対外開放の『高所』となる」ことを目指しているが、これは何を意味するのか。 2006年4月、「遼寧省資産重組(M&A)訪日団」が訪日した。その目的は、M&A(企業の合併・買収)方式による対中直接投資の可能性を探ることであった。2005年には、外資企業による中国企業のM&A関連取引額は対中直接投資額全体のほぼ5分の1にあたる120億ドルにのぼり、中国の直接投資はM&A方式が主流となりつつある。 昨年、国務院は、東北地区の対外開放の拡大を意図した「36号文件」を発表、外資による国有企業のM&Aを奨励し、株式の購入などを認めた。遼寧省はこれを受け、今年に入って「若干の政策に関する意見」を通達し、外資導入面で「五点一線」戦略に有力な政策的保障を提供した。 遼寧省はM&A方式での外資導入への関心は高い。私は、「五点一線」に、日本の中小企業をM&A方式で積極的に受け入れてほしいと思う。例えば、日本企業の技術と中国企業の株式を交換するなど、両国企業にとって「ウィン・ウィン」関係が構築できるような「五点一線」独自のM&A方式を研究・実践し、大きな「窪地」をつくってほしいと思う。その意味で、4月のM&A訪日団は大きな意味があったといえよう。
同時に、「五点一線」は、東北地区の対外展開(走出去)の拠点を目指してほしい。すでに2004年には、瀋陽機床(工作機械)集団が200万ユーロで、ドイツの工作メーカーを買収し、また2005年にはハルビンの哈量集団が980万ユーロでドイツの機械関連メーカーを買収するなど、「走出去」でもM&A方式は主流になりつつある。M&A方式で受け入れて、M&A方式で海外進出する拠点としても機能する。これこそ「五点一線」が目指す「対外開放の『高所』となる」ことである。 「36号文件」では、条件のある企業の海外展開を奨励するとしており、今後の直接投資はM&A方式を中心に双方向で展開していくことになろう。「五点一線」では進出した外資と連携して「走出去」するといった「新たな対外開放のスタイル」を構築してほしい。 「五点一線」には遼寧省を拠点としながらも、「五点」を拡大し「一線」を延長することで、東北地区の、そして世界の「五点一線」へと飛躍することを期待したい。 日本との距離縮小へ
一昨年、昨年そして今年と、私は環渤海圏の中小都市を何度も訪問してきた。そこに進出した日本企業を訪問し、進出理由と生活環境、そして現地の魅力や問題を聞き、まだあまり知られていない魅力ある土地と人々を日本に紹介し、交流を促進したいと思ったからである。 「五点一線」の「五点」やその周辺都市をすべて訪問したが、話を聞いた日系企業の代表が共通して指摘してくれたのが、現地政府関係部門の面倒見の良さであり、中国の従業員の働きぶりや地元の人たちからの無形の支援であった。 その語り口には、いつも熱いものがあった。地元から注目されているという意識が、言葉の端々に感じられた。「ここでの勤務はやりがいがある」と異口同音に語ってくれたことが強く印象に残っている。 日本食やレジャー・教育などサービス関連施設が少ない、交通が不便だ、などの不満もあったが、それらは「五点一線」の進展の中で、多くが解決されるに違いない。 「五点一線」が日本と遼寧省との経済的、時間的、心理的距離をますます縮めていくことを期待したい。 |
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