列車で行くチベットの旅

酸素を積んだ高原列車

西寧からラサに向かうK917列車

  アンギャンドジさん(31歳)は、青蔵鉄道の列車の窓側の席から、じっと目を凝らして外の風景を見ていた。彼は青海省玉樹チベット族自治州のサゲ寺のラマ僧である。彼は母親を連れてラサに巡礼に行くところだ。母子ともに、汽車を見るのも、汽車に乗るのも初めてである。
 
 青蔵鉄道は人気が高く、汽車の切符はなかなか買えない。アンギャンドジさんはこの日の朝一番に、西寧駅の切符売り場にやってきた。そして50分ほど並んで、2枚の切符を買うことができた。「本当にうれしい。感動です」と、彼はあまり流暢ではない中国語で繰り返した。彼は、生まれて初めての汽車の旅を、ずっと楽しみにしていたのだ。

汽車を見るのも、汽車に乗るのも初めてのアンギャンドジさん(中央)

 列車の車両はすべて密封されていて、外気は遮断されている。アンギャンドジさんが座っている「硬座」(二等車)の車両は、定員98人。普通の列車の「硬座」の定員は108人だから、座席と座席の間隔は広く、座席も快適にできている。
 
 「軟臥」(一等寝台)の車両の定員は32人で、これも普通の「軟臥」の定員より4人少ない。一つのコンパートメントには4つのベッドがあり、どのベッドにも液晶テレビが備え付けられ、テレビや映画を見ることができる。乗務員を呼ぶボタンがあって、呼べばいつでも来てくれる。

青蔵鉄道でラサに行く旅客は必ず、健康登録カードに記入しなければならない

 「硬臥」(二等寝台)は定員60人。6人で1つのコンパートメントだが、通路との間に仕切りはない。ベッドの幅は、通常よりやや広い。
 
 食堂車は定員44人。車内販売の弁当は一つ20元(約300円)。カウンターもあって、酒や飲み物を売っている。しかし列車が海抜の高いところを走っているときは、乗務員が旅客に酒を飲まないよう勧めている。高山病に罹ったり、その症状が激化するのを避けるためだ。


車内では、旅客に酸素を供給している

 乗務員はカートを押して、車内で食品や飲料を売りに来る。ある乗客は、ピーナツを買おうとしたが売り切れだったので、乗務員に「すぐほしい」と言った。しかし乗務員は「二時間後です」という。乗客は、この列車のサービスは悪いと思ったが、実は、高地を走る列車では、酸素の欠乏によって高山病が起こり易いので、乗務員は一定の仕事をした後、必ず休息をとるように決められているのだ。

 高地を走る列車内の酸欠問題を解決するため、青蔵鉄道では列車内の酸素の量を自動調節する酸素供給システムを備えた。青海省のゴルムドからチベット自治区のラサまでの区間を行くときは、車内に設置された酸素供給口から酸素が自動的に出てくる。これは酸素の濃度を終始、人体に適した水準に保ち、旅客が高山病に罹らないようにするためだ。

「軟臥」の車両の乗務員は、旅客に、イヤホーンを貸してくれる。旅客は自由に、テレビの娯楽番組を見ることができる

 座席やベッドの側にも酸素供給の差込み口がある。旅客はここから引いたチューブを鼻に挿して酸素を吸う。もし急病人が出たら、救急医療室で応急手当を受けることができる。
 
 海抜が高くなるにつれて、私たちも胸苦しさを感じるようになった。すぐに酸素吸入のチューブを鼻に挿し込み、静かにしていると、ほどなく身体が楽になった。旅客が酸素を吸いながら雑談したり、写真を撮ったり、トランプをしたりする光景が見られるのは、おそらく青蔵鉄道ならではだろう。

特訓で選ばれた乗務員たち

食堂車のウエーターは、熱々の弁当を、各車両の旅客のもとに配達する

 「私は張穎と申します。青蔵鉄道をご利用いただきましてありがとうございます」――各車両で服務する乗務員は、列車の行程や発着時間、高地旅行の注意事項を、中国語、英語、チベット語の三つの言語で紹介する。
 
  中でも乗客が特に喜ぶのは、チベット語による説明である。チベット語はチベットの人しか分からないはずなのに、乗客の誰もが彼女のチベット語に拍手を送る。「これを聞くと、まだチベットに入っていないのに、もうチベットに来たような気持ちになります。青蔵鉄道は民族色が豊かですね」と一人の乗客が言った。

列車内に設けられた身障者用のトイレ

  確かに、チベット語だけでなく、乗務員の制服のデザインから車内の装飾まで、みなチベットの伝統的な色や文様が採用されている。案内標示の文字も、中国語、英語、チベット語の三つの言語が使われている。車内放送はチベットの民謡が流される。
 
  張穎さんは北京から来た。30歳。特訓を受け、数百人の列車乗務員の中から選抜された。特訓は、英語、チベット語とサービス全般の訓練のほか、高地順応訓練を受ける。それに合格しなければ乗務することができない。

車窓から見えるすばらしい景色に、旅客たちはカメラのシャッターを押し続ける

  7月1日に青蔵鉄道は正式に運行され始めたが、その一カ月前に、張穎さんや同僚たちは列車でチベットへ向かった。最初のテストは、列車でラサに行くだけだが、誰が我慢できるかを見ることだった。
 
  「みなが高山病は怖いというので、最初にチベットに行くときは本当に心配でした」と彼女は言った。「緊張のあまり、外の景色を見ることもできません。車両の中を歩くのもドキドキでした」と言う。

美しいナムツォ湖

  その後、特訓はますます厳しくなった。一部の同僚は、高山病の症状が激しくなり、青蔵鉄道の仕事に就くことができなくなった。しかし張穎さんは多くの訓練を通じて高地の環境に適応した。高山病に罹らず、またその症状を緩和する方法を習得した。
 
  今、張穎さんは、チベット行きの車内で、検札したり、清掃したり、旅客の健康に注意を払ったり、緊急状況に対応したり、忙しい。時には旅客の質問に答えるが、たくさん話をすると動悸や眩暈を起こす。が、「青蔵鉄道に乗る旅客の皆様は、この日をずっと待ち望んでいたのです。旅客の皆様に、安全で快適な旅をしていただくのが、私たちの使命です」と、張穎さんは張り切っている。

車窓に広がる珍しい自然

西寧からラサに向かう列車の乗務員は、民族的特色のある服装で乗客を迎える

 西寧を発車してから、一夜明けた早朝、乗客の一人は目を覚ますと、車外は一面の銀世界が広がっていた。急いで仲間を起こしてこの「高原の雪景色」を撮影しようと言った。しかし目を凝らしてよく見ると、地上を覆っているのは雪ではなかった。それは塩であった。
 
  列車はまもなくゴルムドに着いた。この辺りは塩湖やアルカリ干潟がたくさんあり、チャルハン塩湖があることから「塩湖城」と呼ばれる。
 
  本当の意味での「青蔵高原鉄道の旅」はここから始まる。ゴルムドからラサまでには45の駅がある。海抜4000メートル以上の区間は960キロに達する。
 
  車内で、東京から来た種村直樹さんに会った。「日本の多くの旅行社が青蔵鉄道のツアーを売り出し、好評だ。しかし、汽車の切符に限りがあるため、旅行社は抽選で、人数を制限せざるを得ない。私はこの抽選に当たった。実に幸運だった」と言った。彼は日本の鉄道マニアの雑誌の編集者で、二十数年前には中国が組織した「中日鉄道友好観光団」に加わり、ハルビンから上海までの鉄道の旅を体験したことがある。

日本から来て、西寧で列車に乗り、ラサに向かう種村直樹さん(右)

  今回、青蔵鉄道に乗った感想は、と聞くと、「車内はきちんと整っていて、快適なのは言わずもがなだ。お茶のサービスがあるのは、中国の列車の特色の一つで、以前となんら変わっていないが、私にはそれが特に心がこもっているように感じられる」と言った。彼は窓の外に広がる青蔵高原の風光を見ながら、ほとんど一日中、カメラを手から離さなかった。
 
  青蔵高原の美しい景色を楽んでもらうため、ゴルムド発ラサ行きの列車はすべて早朝に発車する。ラサまでの1142キロを15時間かけて走る。私たちは「K917」列車に乗り、午前7時20分にゴルムドを出発した。

西寧を発車すると、列車は、世界的に有名なチャルハン塩湖を通る

  約2時間走ると、車内に歓声がにわかに沸き起こった。誰かが絶滅危惧種に指定されているチベットカモシカを見つけたのだ。玉珠峰駅から西南に行けば、チベットカモシカの生息地であるココシリがある。そこは海抜4500メートル以上ある。
 
  ココシリはもともとモンゴル語で、「麗しい少女」を意味する。自然景観は独特で、多くの河川が縦横に流れて交錯し、湖沼が一面に分布している。雪山、峡谷、石林、塩湖、氷河が特有の景観を作り出している。チベットカモシカのほか、野生のヤク、チベットノロバ、チベットガゼル、ユキヒョウ、ヒグマなどの高原の希少動物が生息し、青蔵高原の中の「動物王国」と称えられている。

ナッチュ駅

  海抜4500メートルを流れるトゥオトゥオ河は、タングラ山脈の主峰グラタンドンの西南に源を発し、長江の源になっている。澄み切った流れが、あちこちにできた川の中州の間を、分流したり合流したりしながら流れている。
 
  タングラ駅から西を望めば、タングラ山脈の最高峰、標高6621メートルのグラタンドンの雪をいただいた雄姿を見ることができる。タングラ駅に近づくころ、かなり多くの乗客は、息が荒くなる。ここは海抜5068メートル、世界で最も高いところにある汽車の駅である。

ダムション駅

  海抜4800メートルのアムド駅を過ぎると、まもなくツォナ湖が見えてくる。ここは青蔵鉄道の線路が湖にもっとも近いところを走る。線路と湖の最短距離は十数メートルに過ぎない。ツォナ湖はチベット北部のアムド県にあり、高地の淡水湖で、その面積は400余平方キロ。ここはチベット族の人々にとって「聖なる湖」となっている。
 
  夕刻、汽車は海抜4200メートルのナッチュ駅を過ぎた。夕霞の中で、青い空、白い雲、湖、ヤクや羊、草原、雪山が壮麗な景色を形づくっている。この辺りの平均海抜は4000メートル以上で、「世界の屋根の、そのまた屋根」と言われ、広々としたチャンタン草原が有名だ。

ゴルムド駅に入ってくる列車

  毎年8月(チベット暦6月)、ナッチュでは競馬祭りが催される。これは伝統的な、有名な祭りで、観光客はチベット北部の遊牧民の民族的な趣を体験することができる。
 
  ダムション駅に着けば、ラサはもう遠くない。ダムション県内では、青蔵鉄道と青蔵道路が並行して走っている。沿線から白い「蔵北の八塔」を見ることができる。
 
  ダムション駅を出て60キロの山道を行くと、中国第二の塩水湖、ナムツォ湖がある。面積1920平方キロ、湖面は広く、湖水は澄んでいて、無数の水鳥が湖面や岸辺に生息している。

ラサ河に架かるラサ鉄道橋。この橋を渡るとまもなくラサ駅に着く

  夜10時30分、汽車は終着駅のラサに到着した。ここの海抜は3650メートル。駅内には四つのプラットホームがあり、10本の線路が並んでいる。一日の乗降客は2400人、チベットの玄関である。駅のデザインは、チベット族伝統の赤、白、黄色、黒を主とし、それにチベット族の文様と装飾を加えたもので、乗務員の制服や列車内の装飾と同じように作られている。
 
  日本人旅行者の種村さんは下車し、深々とチベットの空気を吸い込んだ。「出発前、青蔵鉄道には路盤が崩れた区間があるという日本のメディアの報道を見たので、鉄道の安全運行にやや心配があったけれど、走ってみると、列車の時速は80キロから100キロにずっと保たれていた。速いし安定していて、沿線の風光は実に美しかった。来た甲斐がありました」と彼は言った。

青蔵鉄道列車時刻表
北京ーラサ(4064キロ)
 T27列車 北京西21:30始発
 3日目20:58ラサ着(所要時間47時間28分)
  T28列車 ラサ8:00始発
  3日目8:00北京西着(所要時間48時間)
成都ーラサ(3360キロ)
 T23/3列車 成都18:18始発
 3日目18:28ラサ着(所要時間48時間10分)
  T24/1列車 ラサ9:05始発
  3日目9:55成都着(所要時間48時間50分)
蘭州ーラサ(2188キロ)
 K917列車 蘭州16:45始発
 2日目22:30ラサ着(所要時間29時間45分)

  K918列車 ラサ9:32始発
  2日目15:45蘭州着(所要時間30時間13分)
重慶ーラサ(3654キロ)
 T222/3列車 重慶19:20始発
 3日目18:28ラサ着(所要時間47時間08分)

  T224/1列車 ラサ9:05始発
  3日目9:55重慶着(所要時間48時間50分)
西寧ーラサ(1956キロ)
 K917列車 西寧20:07始発
 2日目22:30ラサ着(所要時間26時間23分)

  K918列車 ラサ9:32始発
  2日目12:19西寧着(所要時間26時間47分)


 
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