北京ウォッチング(23) 邱華棟=文 劉世昭=写真
 
「老北京」の魂はいつまでも
 
 
 
北京北部にある元代の城壁跡

  北京が城壁を取り壊したその日から、古い町はしだいに存在しなくなったと言う人がいる。
 
  城壁がそびえていたところには今、いくつかの城門楼と角楼が残っているだけだ。明や清の時代の風貌を完全に留めている歴史的遺跡は、天壇の祈年殿、故宮、景山、北海公園、そして鐘楼と鼓楼など、主に市の中軸線上に分布していて、一部は他の場所に散らばっている。

 平安大街の拡張工事が行われているとき、私はあるニュースに興味を持った。岩本公夫という日本人が、北京の胡同からたくさんの古い門カユ(門扉の下の土台)を収集してきて、それを一つひとつ自転車で北京語言大学のキャンパスに運び、空き地に並べているというのだ。博物館はそれらを引き取ろうとしているという。

 門トンがそんなに多くの文化的な意義を含んでいるとは! その日本人は石の門トンの分類や表面の彫刻の意味、それが生まれた時代背景について、テレビで滔々と語っていた。一人の日本人が、北京の古い街の痕跡をこんなにも研究していることに、私はとても驚いた。

 平安大街の拡張については、反対する文化財の専門家も少なくなかった。平安大街は、段祺瑞執政府の旧跡(段祺瑞政権の政府が置かれた場所)から、精緻で保存状態がよい四合院や北京と杭州を結ぶ京杭大運河の起点(石橋)まで、大小さまざまな文化財が数多く残る通りで、エンジュの並木と互いに引き立てあっていたからだ。

ほとんどの古い民家の門には門トンがある

 しかし都市の発展には、ここに広い幹線道路が必要だった。ある専門家は、この道を広くしても、信号機が多すぎるため、長い長い駐車場になってしまうだけだと指摘した。それでも、主要な歴史文化財を避けて、拡張工事は行われた。道沿いの建物はすべて明や清の時代の灰色を主とした色調になった。

 私は北京にある名高い人物の旧居を数多く見学したことがあるが、そこで気がついたことは、魯迅、郭沫若、宋慶齢、梅蘭芳の旧居など良く保存・修繕されているのは一部だけで、老舎、茅盾、李大艨A文天祥の旧居など大部分はひどく老朽化しているということだ。

 あるとき、宣武区菜市口で清末の「戊戌六君子」(戊戌の変法で西太后一派によって処刑された6人)や康有為の「公車上書」(馬関条約[下関条約]に反対し、科挙受験生を集めて連名で行った皇帝への上書)のゆかりの地を尋ねた。

 そこは南二環路の大通りにつながる道を作っていた。菜市口一帯には、50万平方メートル余りの金融、ビジネス、オフィスが一体となった中融広場が建設されようとしていた。昔からイスラム教徒が居住してきた牛街も、大規模な取り壊しと改修を行っていた。

 北京は今、いたるところが工事中で、建物を取り壊したり、道路を広げたりしている。「老北京」は急速に消えつつあり、国際的な大都市と呼ばれる北京が台頭してきている。この勢いを止めることはできない。しかも、この都市の未来である若い北京の人々は、このような変化を喜んでいるらしい。

 それでは、古い町の魂はどこへいってしまったのか? 大気汚染がひどい北京のなかに消えてしまったのか。ガラス張りのビルの後ろで息も絶え絶えになっているのか。それとも一部は、北京西駅、交通部のビル、海関大廈、新東安市場のような中国伝統の大きな屋根の建物に身を寄せ、生き残っているのか。

平安大街の一部、張自忠路にある段祺瑞執政府の旧跡

 魂は目に見えるものではない。古い町の魂も同じで、環状道路が一周り、また一周りと、七環路まで計画されている北京では、それを見ることは難しい。しかしそれは存在する。都市の雰囲気の中に存在する。

 北京は首都であり、数千年の歴史を持っている。そこで、たとえ建物がすべて朽ち果て、なくなってしまったとしても、目に見えないかたちで依然として存在する。例えば、門トンに。例えば、四合院に。例えば、樹齢100年以上の数千本の古木に。例えば、天壇から鐘楼、鼓楼までの中軸線上の皇宮や祈りの場に。例えば、頤和園の皇室園林や円明園の石の残骸、破壊された碑に。

 上手く表現できないが、これは北京の気質と性格を備えたものであると言うことができるだろう。それは存在している。それはつまり、北京の蓄積と風格であり、北京の心であり、北京の平穏さと荘厳さであり、北京の保守性と尊大さであり、北京の雄大さと衰退の中の新生である。北京は、日進月歩の発展を遂げる都市であり、この新しく急速な建設の中で、その魂とは実際のところ、この都市にいる人なのである。

 

 
 
邱華棟 1969年新疆生まれ。雑誌『青年文学』の執行編集長、北京作家協会理事。16歳から作品を発表。主な著書に長編小説『夏天的禁忌(夏の禁忌)』『夜晩的諾言(夜の約束)』など。他にも中・短編小説、散文、詩歌などを精力的に執筆し、これまでに発表した作品は、合わせて400万字以上に及ぶ。作品の一部は、フランス語、ドイツ語、日本語、 リ国語、英語に翻訳され海外でも出版されている。  
 

 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
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