知っておくと便利 法律あれこれ(24)    弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
窮してもまだ「抗訴」の道がある

 唐の詩人、陸游の「遊山西村詩」に「山重水複 路無きかと疑う 柳暗花明 又一村」という一節がある。直訳すれば「山が幾重にも重なり、川も曲がりくねって流れる山奥の道。ここで尽きたかと思えば、柳の茂みの暗い中に花が明るく咲き誇っていた。そこにまた一つ、村があった」となる。

 この詩の一節は現代でも、逆境に陥ったとき、困難にめげず努力を続ける気持ちを捨ててはならないという意味でよく使われる。

 訴訟の最終審で敗訴し、途方に暮れた場合にも、この詩の一節を思い起こすとよい。刑事事件に再審の規定があり、最終審で刑が確定しても再審を求めることができるのは日本と同じだが、中国には、民事訴訟でも検察が再審を求めることができるという規定がある。それを「抗訴」という。

 たとえば、判決が確定した後に、中国の当事者や弁護士は、例外的に審理をやり直す手続きである再審を起こそうと、中国の検察機関に、民事裁判活動に対する監督権を果たすよう求める手法をよく利用している。

 その代表的なものは、数年前、ある中国企業が、日本の最大手商社の一つであるY社を相手取った訴訟で、中国の最高検察機関に裁判監督権の行使を求め、再審によって逆転勝訴した事例であり、これは中国の法曹界ではよく知られる。

 エンドユーザーである江蘇省江城公司を代理する貿易会社であるX社が、Y社から購入したエチレンは、江陰港に到着後、商品検査局の検査の結果、添加する薬剤が不足し、契約の規定に合致しないことが判明した。両当事者は、損害額などについて再三協議したが、合意に至らなかった。そこでX社は、無錫市中級人民法院に訴訟を起して、Y社に損害賠償を求めた。

 Y社は一審で敗訴したが、二審の江蘇省高級人民法院では、Y社に不合格の商品を出荷した違約があったとしながら、Y社は、江城公司に再三、薬剤の添加を求めたのに、江城公司が損害拡大防止措置を講じなかったと認定し、そのことによる損害まで負担する必要はないと判断した。その結果、損害賠償金を、397万余元から、その20分の1に当たる20万3000元とする終審判決を下した。これはY社に大変有利な判決だった。

 ここまでは日本でもよくある普通の民事訴訟だが、終審判決を不服としたX社は、最高人民検察院に申し立てた。最高人民検察院は、審査の結果、終審判決の事実認定には主な証拠が欠け、法律適用に確かな誤りがあったとして、最高人民法院に「抗訴」した。

 その結果、この訴訟は、江蘇省高級人民法院に差し戻された。そして再審では、X社の再審請求を全面的に認める判決が下されたのである。

 中国の『憲法』では、人民検察院は国家の法律監督機関と位置付けられている。この『憲法』の規定を受けた『民事訴訟法』によって、人民検察院に、民事裁判活動に対する法律上の監督権が与えられている。従って一般論としては、人民検察院は刑事、行政事件のみならず民事事件についても監督する権限を有する。

 人民検察院の監督の手法としては二種類ある。第一は、訴訟外監督であり、これは主として裁判官等に汚職や不正行為があった場合、刑事訴追によりその責任を追及していくというもので、いわば検察機関の本来的職責に属するものである。

 第二は、訴訟内監督であり、民事訴訟法上、確定民事判決に対する再審請求である「抗訴」である。これは当事者が上訴を断念したり、終審判決が下されたりするなどして民事裁判が確定した後も、検察機関がこれに対して異議を申し立てることができるというものであり、中国の特色を持つ制度と言われている。

 人民検察院は以下のいずれかが存在する場合に「抗訴」することができる。

 @事実認定に証拠が欠けていた。

 A法律適用に誤りがあった。

 B裁判手続きに違法があり、判決の正確性に影響が生じたおそれが存在する。

 C裁判官に汚職、不正行為があった。

 このように中国の検察機関は、民事事件にも関与する可能性があるが、検察機関を動かすためには、相当の理由と努力が必要であることもまた事実である。

 

 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
北京市の金杜律師事務所の弁護士。1986年、日本の佐々木静子法律事務所で弁護士実務を研修、87年、東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

 
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