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1949年の1月は、北京の歴史にとって特筆されるべき月であった。中国共産党と中国国民党の間の戦いで、北京が平和解放されたのである。故宮、天壇、頤和園といったユネスコの世界遺産にも登録されている北京の名所旧跡をはじめ多くの文化財が、戦火を免れ、無傷で後代に残されたのだ。
北京の平和解放は、共産党、国民党を問わず、役人、民間人を問わず、北京を愛する多くの良識ある人々の知恵と勇気によって為し遂げられた壮挙だといえよう。
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| 毛沢東主席（前列中央）ら新中国の指導者が一堂に会した。後列左端に水利部長となった傅作義将軍の顔も見える |
1949年の1月の北京は、中国人民解放軍の固い包囲のもとにあった。その前の年から、中国共産党は、古都・北京の平和解放を各方面に精力的に動きかけていた。
こうしたころの話だ。国民党軍の北京地区の司令官だった傅作義将軍に面と向かって、中国共産党の北京平和解放の提案を受けるよう求めた人がいた。傅作義氏の娘の傅冬菊だ。新聞記者だった傅冬菊のもう一つの顔は、父にも秘密の中国共産党の地下党員だった。
同じ屋根の下での父と娘の親子愛、北京への愛を織り交えた、膝を突きあわせての対話。傅冬菊は中国共産党の北京平和解放の提案をくわしく説明し、民意に沿い共産党と協力して北京を戦火から救うよう、懇々と父に訴えた。
傅作義将軍の心は､大いに揺れ動いた｡長い沈黙のあと､「よく考えてみよう」と静かに言った｡
北京各界の人たちも、傅作義将軍に平和解放を求めた。フランス帰りの画家で、のちに中央美術学院の院長をつとめた徐悲鴻は、傅作義将軍に直接会って「古都北京には世界に知られる文化遺産がたくさんある。砲火の犠牲にしてはならない。大局と民意を重んじ、北京が戦火にさらされることのないよう努力して欲しい」と訴えた。
こうしたなかで、中国共産党は傅作義将軍と根気強く、頻繁に交渉を続けた。西郊外の名勝の地である頤和園も秘密交渉の場になった。一月ほどの話しあいを通じて傅作義将軍は、国民党軍の市内からの撤退という条件を受け入れ、1949年1月20日の命令の中で「北京を完全な形で共産党側に引き渡すべきである。さもなければ、われわれは歴史の罪人となるだろう」と述べている。そして、1月22日から、国民党軍は市内を出て、郊外の順義、良郷などに入り、人民解放軍側の再編成を待った。
こうして、1949年1月31日には、国民党軍が撤退したあとの北京市内の治安管理にあたる中国人民解放軍第41軍団が西直門から北京に入城する。平和解放を待ちに待った北京市民は、まさに「熱烈歓迎」。北京に住んでいて、この現場を目撃した日本人、山本市朗氏はその著『北京35年』（岩波書店）で、次のように書いている。
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| 中国人民解放軍の北京入城を歓迎する北京市民 |
「1949年の1月31日であった。昼過ぎに西四（北京の街の名）の十字路に差しかかると、大通りの両側いっぱいの人だかり。『何が始まるんだ』と道端のおじいさんに聞くと、『中共軍が西直門から入城してくるそうだから、それを見物しようと思っている人だ』と言った……。そのうちに道の両側の見物の人のあいだから若い女学生が三々五々、大通りの真ん中にとびだして、北京の解放を祝う歌をうたいながら踊りはじめた。……だんだん踊りの輪が大きくなり、労働者らしい中年の男女も加わって、とうとう大通りの幅いっぱいに厚い大きな輪を作って踊りまわった。彼女たちは本当に内心から溢れでる解放のよろこびを、それぞれ各人、思い思いの歌と踊りに託して力いっぱい表現した。興奮が興奮を生み、感激が感激を生んで、何人かの娘は電車通りに泣き伏した……」
北京の平和解放を喜ぶ市民の姿を見事に描いた名文なので、引用がすこし長くなってしまったが、山本市朗氏とはときどきお酒を汲み交わす仲だった。文化大革命が終わって数年たった年の瀬、山東料理の老舗「厚徳福」で一杯やったときの山本氏のこんな言葉が忘れられない。
「あの年（1949年）の旧正月の元日はたしか1月29日だった。平和解放は大勢となっており、北京市民は一安心といった気持で旧正月を迎えていた。この1、2カ月、北京を舞台に繰りひろげられた平和解放の一幕、一幕は、平和を愛し、平和を願う北京市民の和の心と知恵と勇気を肌で感じさせてくれた……」
北京35年、すっかり北京の好々爺になった山本氏のやさしい笑顔を思い浮かべながら思った。平和解放が失敗し、故宮や天壇や頤和園などが傷ついて、清王朝の咸豊10年（1860年）の英仏連合軍の北京侵入で破壊された御苑・円明園のようになってしまっていたら、古都・北京も大事な表看板を失くして、北京オリンピックの招致にもいくらか、いやかなり影響したかも知れないと。
その山本氏もすでに亡い。彼の著した『北京35年』は、毎日新聞社の「出版文化賞」を受賞している。 |
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