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棚橋篁峰 中国茶文化国際検定協会会長、日中友好漢詩協会理事長、中国西北大学名誉教授。漢詩の創作、普及、日中交流に精力的な活動を続ける。
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中国茶文化の世界は広大で深遠です。読者の皆様には今月号から、茶文化世界の広がりを中国各地に求めてご紹介したいと思います。
2年ぶりの安渓への旅、今回は茶摘み体験の方々を伴っての訪問でした。一行11人は廈門空港から約70キロの福建省安渓に一泊して、安渓県山塊の奥に位置する祥華を目指します。一口に安渓県といいますが、面積は2983平方キロメートル。近代化が進む中国で良い鉄観音を求めるには、山懐深く入らなければなりません。
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西渓が流れる安渓の町 |
現在、安渓県の中で特に良い鉄観音を生産する地域は、祥華、感徳、西坪、隣県の華安の4カ所です。
私たち日本人が最も良く知る中国茶は烏龍茶ですが、その産地は大きく分けて、福建省の南部と北部および広東省、台湾です。中でもビン南(福建省南部)の烏龍茶の代表が鉄観音で、歴史、生産量、品質のどれを取ってみても、烏龍茶の代表格ということが出来ます。
安渓は、中央に西渓が流れ、周囲を山に囲まれた静かな町です。町の東側に「中国茶都」という巨大な卸売市場があります。この市場こそが全世界に出荷される鉄観音の発信地。東京ドームよりも大きな市場に圧倒されます。安渓県で生産される烏龍茶は、鉄観音、本山、毛蟹、黄金桂の四種類でいずれも逸品です。
茶摘み体験
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鉄観音の新芽 |
安渓の町から山肌を縫って走ること2時間、長坑を過ぎるとあたり一面に茶畑が広がり、新茶独特の芳しい香りに包まれます。車を降りて小休止。カメラの先には、緑一色の被写体が、秋の陽光に照らされています。心癒される一時に疲れも飛んでいきます。
更に車で30分、珊屏の集落が今回の目的地です。このあたりの茶農は皆、姓が劉さん。私が以前滞在した劉さんの畑に11人が集合して、茶摘みの要領を学び、茶摘みが始まりました。一番の問題は、鉄観音と他の烏龍茶の違いを知ることです。茶畑は、畦ごとに鉄観音と他の烏龍茶に分かれて栽培されているのですが、初めて見た人にはほとんど分かりません。
「注意してください」。劉さんの声が飛びます。茶葉を切る小型の鎌を手に三葉の下を切るのですが、最初はなかなか上手くいきません。約一時間半後、茶摘みの実習が終わる時間ですが、「これでは皆さんが持ち帰るほどの量になっていません」とちょっと困り顔の劉さん。その横であっという間に一袋を摘み取る茶農。「年季の入れ方が違うよね」と我々。
製茶工程を見学
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包揉捻で利用する機械 |
疲れ果てた我々は、昼食を取りに祥華の町のレストランに向かいます。そして野趣あふれる田舎料理に舌鼓を打ったあと、再び農家へ。
午後はいよいよ製茶工程の見学です。鉄観音の製茶工程の基本は、茶葉の日光萎凋→室内萎凋→揺青→殺青→揉捻→包揉捻(繰り返す)→乾燥。安渓県の茶農の各家には、製茶できる設備があります。揺青が始まると独特の香りがあたりに漂い、鉄観音の故郷にいる幸せを感じます。
驚いたことに殺青のあとの揉捻が以前と変化していました。前回は揉捻機を使用していたのですが、今回は袋につめて床に叩きつけます。荒っぽい作業です。
「どうして変わったのですか」と尋ねると、「こうすると弱い茶葉が落ち、高級品ができます。同時に香りも高くなるのです」との答え。
説明に半信半疑でしたが、確かに近年の鉄観音は、香りの高さと爽やかな高級感が主流になってきていることを考えると、理解できます。競争の激しい中国茶の世界では、一瞬のすきも許されません。常に研究と工夫を重ねて良い茶を作ろうとしている茶農の姿があるのです。
至福のひととき
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茶畑 |
包揉捻を2回したあと、劉さんが一握りの茶葉を抜き取り、「皆さん新茶の生茶を飲みましょう」と一言。全員が茶室に移ります。私は、このお茶のために安渓まで来たと言っても過言でありません。ワクワクして部屋に入ります。
このお茶は、製茶の途中で飲むため、現地の農民しか飲めません。清々しい香り、潤いのあるしっとりとした舌触り、鮮度の高さからくる爽やかな味わいは、これが鉄観音かと思うほどの素晴らしさです。こんな幸せが他にあるでしょうか。
白雲は悠々として流れ、清香は天に満ちて喉を潤すような、至福の時が過ぎていきます。去りがたい感情が体内を走り、せめて一夜この幸せに酔いたいと思いながらも、帰りのときが迫ります。
「明日、皆さんの摘んだお茶をホテルに届けますよ」。劉さんの別れの言葉に、バスは夕陽を背に再び山並みを越えて、安渓の町へ向かいました。
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