斬新な発想で日本のブックデザインやエディトリアルデザインを牽引してきた杉浦康平さん。彼の作品展と著書『疾風迅雷 杉浦康平雑誌デザインの半世紀』の中国語訳発表会が2006年11月6日〜12月18日、北京と深センで開催された。本誌は、北京を訪れた杉浦さんに、自身のデザインと中国文化のかかわりについて話を聞いた。
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【プロフィール】 1932年、東京生まれ。神戸芸術工科大学名誉教授。グラフィックデザインの独自の理論は、日本、アジアそして世界のクリエーターに大きな影響を与え、アジアの図像研究の第一人者としても知られる。
これまでに40種類2000点を超える雑誌や大量の書籍、ポスターのデザインを手がけてきた。82年、ライプツィッヒ装幀コンクール特別名誉賞を受賞、97年、紫綬褒章を受章。主な著書に『日本のかたち・アジアのカタチ』『かたち誕生』『アジアの宇宙観』『文字の祝祭』など。 |
――中国で作品展を開催するのは初めてと聞きましたが、なぜ「疾風迅雷」をテーマにしたのですか。
杉浦康平さん(以下、杉浦と略す)豊かな伝統文化・民間文化を育んだ中国で作品展を開催することができ、光栄に思っています。「疾風迅雷」という言葉は、勢い盛んであった出版の時代における、私の創作態度を象徴しています。
――中国の伝統文化が創作のインスピレーションをかき立てるとおっしゃっていますが、中国の伝統文化とどのように出会ったのでしょうか。
杉浦 日本人の生活の中には、実は、中国文化の要素がたくさんあります。たとえば、床の間にかかる山水画の多くには、漢詩の文字が書かれていました。中秋の月見や端午の節句のちまきなどにも、中国の習俗が潜んでいます。琴や琵琶といった楽器も中国から渡来して、私たちの耳に中国的な音色を響かせています。しかし、このことを理解している日本人は意外に少ない。若者の中には、漢字は日本で創られたものだと思っている人もいるほどです。
私は大学で学ぶ頃から、日本の文化の根源はアジアにあり、中国や東南アジアに由来していると意識するようになりました。中国に関心を持ち始めたとき、突然、身の回りのいたるところに中国の香りが漂うことに気づき、中国文化が怒涛のごとく心の中に入ってきたのです。
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清華大学で講演を行った際、杉浦康平さんの著書やポスターなどを手にサインをお願いする学生が後を絶たなかった。 |
これまでに何度、中国を訪れたかはもう覚えていません。長年、中国のデザイン界と親しい関係を続け、清華大学美術学院の呂敬人教授とは深く心が通じ合いました。呂さんは、中国伝統文化の精髄や現代中国の未来にむかう若々しい姿勢を、私がより深く知る手助けをしてくれました。これにはとても感激しています。また、私のアジア文化への探究や芸術、伝統に対する認識を、中国のクリエーターたちに最大限に伝えてくれました。
「デザインとは何か? 生命あるかたちとは何か?」という問いに対する最上の答えの一つは「中国文化を学ぶこと」だと私は考えています。
――杉浦さんの作品の中で、漢字は重要なデザイン要素となっています。なぜ漢字に特別な思いを抱いているのですか。
杉浦 中国の漢字がもつ深さ・面白さが私に大きな影響を与えたからです。漢字は偏・旁・冠・足などいくつもの要素が組み合わさって出来ています。偏や冠に別の漢字を足したり引いたりして、意味の分類を表すこともできます。
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デザインについて呂敬人教授と語り合う杉浦康平さん(右) |
また、漢字は複雑な構成によって、一つの文字で物語を語ることができる。さらに草書体の素早い運筆の変化によって書道が創出され、すべての漢字に芸術的な魅力が授けられました。漢字は変幻自在な造字法によって、人と自然の深遠な関係を映し出す文字になったのだと思います。
――デザインするとき、漢字を文字とみていますか、それとも図案ですか。
杉浦 記号であり、絵でもある。漢字は面白いもので、一点一画をバラバラにすると、乱れた字画は騒音のように無秩序です。一方、その一点一画を緊密に組み合わせて並びかえると、絵のような美しいものに変わってゆく。漢字は迷宮のように人々の心をひきつけるものなのです。漢字を新しい絵文字として考え直そうとする日本人もいます。新しい要素を加え、新しい構造に組みあげて、新しい漢字を作る。こうした試みが流行しはじめています。
私たちは子供のころ、漢字の一点一画を覚えるのにかなり苦労しました。しかも、書くスピードはアルファベットよりも遅い。そこで、面倒な漢字はなくしてしまえ、アルファベット化すればいいだろうという人もいます。でも私は、漢字の造字法は今後の世界の文化発展に大きなヒントをあたえると考えています。
――どんなヒントですか。
杉浦 いま私たちは携帯電話でメールを送るとき、さまざまな記号で構成した図案を使って感情を表現する。エモティコン(情緒記号)です。このエモティコンは、実は、漢字の構造と同じものなんですね。アルファベットのような機能的な記号では、こうした複雑な感情を面白く表現することができません。
アルファベット文化圏には、DNAやIBMなどの略語が出てきました。これも実は漢字的な表現方法だと思います。もっと積極的に考えれば、DNAなどの略語に替わる漢字が生まれてくるかもしれません。私は、日中双方の若い人たちが手を携えて、漢字の今後の発展をふまえた多くの可能性を見つけ出すことを願っています。
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北京で開催された作品展には多くの人が訪れた |
――ブックデザイナーとして、中国の図書の現状と将来をどう見ますか。
杉浦 東洋と西洋には、それぞれの書籍文化があります。世界の書籍文化の発展は中国の製紙技術の発明から生まれたものだと思います。今日の西洋の本は精緻な製本システムによってきちんとした書籍を作ることができますが、その冷たい仕上がりに寂しさを感じます。しかもほとんどが石のように重くて厚い。投げれば武器になります(笑)。
一方、東洋の本は、本来手作りで、ページを開くとしなやかで、まるで飛ぶ鳥の翼のようです。中国の伝統的な装丁様式は、本は単なる紙の集積ではなく、五感を豊かに触発し生命力あふれるものであるということを教えてくれます。読者に、手にとる楽しみを与えてくれます。
いま、ヨーロッパの一部の敏感な出版人は、中国の伝統にのっとって作られた本は軽くてやわらかく、まるでシルクのようだと気づきました。ドイツの出版社などはすでに中国の伝統的な本作りを学びとり、吸収し始めています。残念なことに、東洋の出版界の方が、近代化の過程の中で自らの優れた伝統を忘れようとしています。日本もすでに1980年代に伝統的な装丁技術者を失ってしまいました。
中国の出版界はいま、発展の最中です。中国の若いブックデザイナーが伝統的な装丁技術の再発見と継承に現代技術を結びつけ、豊かなデザイン語法を生みだしているのをうれしく思います。彼らの覚醒と努力により、中国のブックデザインには活力がみなぎり、ヨーロッパにも大きな影響を与えはじめています。
日中両国のブックデザイナーたちが交流と協力を強め、東洋の書籍文化の魅力を再現し、出版文化に力を入れることを願っています。
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