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下町情緒残す老舗たち

大柵欄の雑踏
 古都には老舗がある。北京も例外ではない。百年、二百年、さらには五百年近い暖簾をもつ店が、今日も営業を続けている。老舗が生き続けていることは、古都のかけがえのない財産だと思う。そこで、北京の数多い老舗から、北京の浅草ともいわれる「大柵欄」の老舗を数軒、紹介してみよう。

 地下鉄環状線の前門駅を降りると、北側には天安門と天安門広場が、その南側には前門がある。前門は故宮、つまり紫禁城の正門である天安門の南の直線上にある北京の表玄関の正陽門の別称だが、この前門の南側には、五百年も昔からの商店街が広がる。この一帯は北京の老舗が多いところで、北京市民はここを「前門外」と呼んで親しんでいる。

 「前門外」でも老舗がいちばん多いのは「大柵欄」と呼ばれる通りとその附近だろう。「ダアシーラア」は北京っ子独特の発音で、共通語では「ダアザアラン」。読んで字のごとしで、その昔はこの通りの入口に大きな柵があり、夜になって商店が店を閉じると、治安のためにこの大きな柵も閉められたそうだ。いまでは、この柵も姿を消しているが、市民たちは昔から馴染んだ「大柵欄」という地名をいまも使い続けている。

 「大柵欄」に遊んだ作家の陳舜臣さんは、その感想を「したたかなバイタリティーがかんじられる街だ」とのべ、「王府井を銀座とすれば、大柵欄は浅草でしょう。大阪でいえば、心斎橋にたいする道頓堀といったかんじです」と書いている。

 「大柵欄」の通りに入って目につくのは「同仁堂」という大きな看板だ。「同仁堂」は清の康熙八年(1669年)の創業、清王朝指定の薬屋さんだった。清末の政治を一手に牛耳った女傑の西太后は「同仁堂」の大ファンで、婦人病の妙薬である「同仁堂」特製の「烏鶏白鳳丸」などを愛用していた。店に入ると、漢方薬特有のにおいが店内に漂い、木の葉や実、皮、草の根や花などなど、漢方薬の材料を入れた独特のケースが並んでいる。さながら、漢方博物館に入ったようだ。

 長いあいだ帝王の都だったせいだろう。北京の老舗には「同仁堂」のように皇室との関係の深い店が多い。「同仁堂」のすぐ近くにある靴の老舗、清の咸豊3年(1853年)創業の「内聯昇」の屋号の「内」は、「大内」つまり宮中指定の靴屋だった。清王朝のラストエンペラー宣統帝・溥儀が即位のときに履いた礼装の「龍靴」もここで作ったものだ。

正陽門の南に広がる前門大街

 新中国誕生後、履き心地のよい「内聯昇」の布靴は、毛沢東さんはじめ中国共産党の指導者からも愛用され、また外国人のあいだでも評判になった。アメリカのブッシュ現大統領のお父さんのブッシュ元大統領も、中国駐在連絡事務所の所長として北京在任中、夫婦で「内聯昇」を訪れ「千層底布靴」という軽くて丈夫な布靴を注文している。また、北京を訪れた日本の大相撲の力士たちも、一人一人寸法をとった「内聯昇」特別あつらえの布靴を履いて、万里の長城に登った。

 老舗が軒を連ねる「大柵欄」一帯でも、暖簾のいちばん古い店は、明の嘉靖9年(1530年)創業の漬けもの屋さん、「六必居」だ。漬けものを入れた骨董品のような壺がずらりと並ぶ店内のすみずみにまで醤油や味噌の香りがしみ込んでいて、歴史の重みを感じさせる。

 私は、「大柵欄」に行くたびに「六必居」に立ち寄り、この店の名物である「甜醤八宝瓜」を買って帰る。北京郊外で採れる香瓜(マクワウリ)を主に、クルミやピーナツ、青梅などを漬けたもので、生姜を入れているのがこの店の「専売」である。お粥に「甜醤八宝瓜」、私のお気に入りの朝食のメニューだ。

 ところで、「大柵欄」はかつて皇帝が紫禁城から天壇に五穀豊穣を祈りに行くとき、駕籠で通った前門大街の西側にあるが、この通りを渡った東側も商店街で、北京ダックの老舗「全聚徳」(創業、清の同治3年=1864年)など、料理屋さんが軒をつらねている。

 この前門大街では、ここを老舗が軒を連ねる歩行者天国にする工事が急ピッチですすめられている。移転する店やあらたに仲間入りする店もあって、この一帯の地図はかなり塗り変えられることだろう。うれしいことに、「大柵欄」はこれまで通りに残されるそうだ。また、この雑文でふれた「同仁堂」「内聯昇」「六必居」「全聚徳」といった老舗も、現在の場所で営業を続けるとのこと、安心した。

 いずれにしろ、ユネスコの文化遺産に登録されている故宮や天壇、頤和園も北京の宝物だが、歴史の風雪に耐えて庶民に愛され、親しまれて生き続けてきた老舗も、古都北京に花を添える立派な文化財である。

 北京の旅の半日、「前門外」に身を置き、「大柵欄」の雑踏にもまれ、習いたての中国語や身振り、手振り、筆談でショッピングを楽しんでは……。きっと、北京との、中国との距離をぐっと縮めてくれるだろう。



 
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