知っておくと便利 法律あれこれ27    弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
お金の貸し借りに思わぬ落とし穴

 今年は猪年。中国では、猪年に生まれた子どもは、運勢がよいと言われる。しかも今年は「丁亥」の年で、とくに縁起が良い年とされ、出産ブームが起きている。

 その由来は、唐の高祖の武徳4年(621年)に鋳造された開元通宝にある。開元通宝の鋳造は唐の経済・財政の繁栄の基礎をつくったといわれる。武徳四年は「丁亥」で、開元通宝の単位である「銖」にちなんで、「丁亥」の年は「金銖年」と呼ばれた。その後、「銖」と「猪」の発音が同じであるところから、民間では、「金猪年」と呼ばれるようになった。「金銖年」は60年に一度しか、めぐって来ない。

 昨年は戌年であった。しかも立春が2回あった。このため結婚が2倍の幸せをもたらしてくれると言われ、また、猪年の子供が生まれる可能性が高く、爆発的な数の結婚式が挙げられた。

 とくに、財を成すという意味の「発」とよく似た音の「八」や、中国では縁起の良い数字とされる「6」「2」の付く日には、結婚登記所にはカップルの長蛇の列ができた。車体を花や風船で飾った高級車が何台も連なって、花嫁の家から披露宴会場へと、親族や友人を乗せて、誇らしげに走りまわった。

 結婚披露宴の招待状をたくさんもらった人は、「紅包」という祝儀だけでも大変だ。年に5、6回も結婚式に呼ばれると、普通の人は給料の2、3カ月分がなくなるという。

 そこで、結婚する友人があまりに多いのに悩み、「打欠条」(債務証書の発行)という対策を考案した人が登場した。「紅包」に「金500元。ただし、祝儀の債務として。私は来年結婚するので、この証書でそのときの祝儀を帳消しにする」と書いた紙を入れて新郎新婦に渡したという。このユニークな方法は、中国全土で話題を呼んだ。

 「欠条」の意味について、『中日大辞典』などの辞書を調べると、「借条」(借用証)と同じであると説明されている。現に多くの人も、「欠条」を「借条」と混同している。

 しかし、両者は違うのである。確かに、両者とも、債務者から債権者に対して交付され、その債務の内容を証明する証書という点では共通する。ところが、「借条」(借用証)は、借主(債務者)が金銭や物品を貸してくれた貸主(債権者)に渡す証明書で、それを発行する原因は、単なる金銭や物品の借用だ。これに対して、「欠条」は、債務者が債権者に対して債務を有することを証明する証書で、それを発行する原因は、売買や労務提供、損害賠償等による債務の確認にある。このように、証書発行の原因によって、両者は区別される。

 その相違を知らずに、大損をした人がいる。建設工事請負の親方のFさんは、ある建設会社の経営者Kさんに5万元を貸すにあたり、「KはFに5万元の債務を有する」という「欠条」をKさんに発行させた。その後、返済をめぐって紛争が起こり、裁判となった。Kさんは、この5万元は「借入金」ではなく、「未払い工事代金である」と反論した。

 裁判官は、両者の間に交わされたのは「欠条」であり、未払い工事代金なので、未払いの要因や工事の質などを明らかにしてから支払い金額を算定すべきとの判断を示し、Kさんの主張を認めた。

 もっと危ないのは、借用証なしの金の貸し借りである。同僚や友人同士の金の貸し借りで、契約書や借用証を交わすという慣行はまだ少ない。友人間で金を借りるのに書面にするのは、まるで相手を信用していないようで言い出しにくいという人が多い。

 北京市在住のAさんは、友人のBさんに一万元を貸した。一カ月後に返す約束だった。信用していたので、借用証は書いてもらわなかった。

 一カ月が過ぎても返済がないので、Aさんは何度も電話で催促をした。Bさんは「あと一カ月したら返す」などと答えておきながら、 数カ月たっても、一銭も返済しなかったため、Aさんは訴訟を起こした。だが裁判でBさんは、「そんな金を借りた覚えはない」と否認した。

 幸いAさんの携帯電話には、Bさんとの間で交わされたお金の貸し借りに関するメッセージが十数件保存されていた。法廷は、これらのメッセージを証拠として認定し、BさんがAさんからの借金を返済していないことが証明されているとして、Aさんに勝訴の判決を言い渡した。この事件は、2005年4月1日から施行された「電子署名法」適用後の、全国初の民事事件として注目を集めた。

 

 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
北京市の金杜律師事務所の弁護士。1986年、日本の佐々木静子法律事務所で弁護士実務を研修、87年、東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

 
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